「時間栄養学」では
「いつ食べるか」を重視
加齢に伴い起きてくることが多いものの、ときにがんや心不全、腎不全、感染症、あるいは重度の栄養障害などが原因で発症することもある「サルコペニア」に関して、とても興味深い研究報告を目にしました。
このところ何かと話題にのぼることの多い「時間栄養学」の研究で、朝食にたんぱく質の摂取量を増やすことによって、サルコペニアを予防する可能性があることを示すデータが確認されたというのです。
ここで言う「時間栄養学」とは、従来の栄養学が「何を、どれだけ食べるか」を検討してきたのに加え、「いつ食べるか」も重視して研究する学問です。
食事により健康を維持、増進するには「食べる時間帯こそが大事」との考えのもと、「食べるタイミングも考慮して食事をすることの重要性を明らかにし、伝える学問」と言ったらいいでしょうか。
サーカディアンリズムを
意識して食事をする
ご承知のように、私たちの体には、約24時間周期のリズムを作り出す「体内時計」というメカニズムがセットされています。
睡眠、覚醒、消化、吸収、エネルギー代謝等々のありとあらゆる生理現象は、体内時計が休みなく刻んでいるリズム、いわゆる「サーカディアンリズム(「隔日時計」とも呼んでいます)」にコントロールされているわけです。
そこで、このサーカディアンリズムを意識した食事をすることで、栄養効果をより高め、健康の維持・増進につなげていこう、というのが時間栄養学の考え方です。
時間栄養に関する調査研究は、この5年ほどの間に急速に進み、私たちの日々の生活に直接応用できるエビデンスがいくつも確認されています。
そのなかには、ネット上で取り上げられているものもありますから、気づいておられる方も少なくないことでしょう。
その一つとして注目されているのが、「朝食たんぱく質の重要性」を示すエビデンスですが、冒頭で紹介したのはその一例です。
サルコペニア予防のたんぱく質は
夕食より朝食により多くとる
「サルコペニア」は、2016年に国際疾病分類に登録されたばかりの比較的新しい疾患です。
具体的には骨格筋の筋肉量が減少するのに伴い全身の筋力が低下し、握力が低下したり、歩行速度が遅くなるなど、身体機能が著しく低下した状態をいいます。
このような状態は、たとえば高齢者であれば、フレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)につながりやすく、日常的に介護が必要な、いわゆる「要介護」から寝たきりの状態になるリスクを高めることになりがちです。
そこで、早い段階からこの兆候に気づき、筋肉を減らさないための運動と栄養バランスのとれた食生活、とりわけ筋肉の材料となるたんぱく質の摂取量を増やして、サルコペニアからフレイルへと進む流れにブレーキをかけようというわけです。
このたんぱく質のとり方について、時間栄養学の観点から、日本人の高齢女性を対象に、朝食にたんぱく質をより多くとっているグループと夕食にたんぱく質をより多くとっているグループとに分け、骨格筋の筋肉量や握力などを比較する調査研究が行われています。
その結果、たんぱく質を朝食により多くとっている人は、夕食により多くとっている人よりも、骨格筋の筋肉量が多く、握力も高いことが確認されているのです*¹。
医原性のサルコペニアも
なお、サルコペニアについては、医原性サルコペニアの存在も指摘されていて、その予防には看護師さんによる適切なケアが期待されています。詳しくはこちらをご覧になってください。
日本人の朝食は
たんぱく質が不足しがち
私たちの国では、国民の健康増進を図る目的で、毎年「国民健康・栄養調査」が実施されています(2020年と2021年は新型コロナウイルス感染症の影響で調査は中止)。
この調査の中の「栄養素等摂取状況調査の結果」のデータによれば、高齢者をはじめとするすべての年齢層で、朝食におけるたんぱく質の摂取量は、昼食や夕食におけるたんぱく質の摂取量に比べて少ないことがわかります。
時間的に余裕のない朝食ではとかく簡単な食事になって、たんぱく質が不足しがちですが、サルコペニア予防だけでなく、体内時計をリセットして代謝を活性化させるためにも、魚や卵、牛乳やチーズなどの乳製品をメインにした朝食をとることをすすめたいものです。
時間栄養学の考え方を知ることから
時間栄養学という言葉自体、難しく感じられるかもしれませんが、そこで扱っているのはごくごく身近なことばかりで、健康に密接に関係している研究分野です。
まずは、「食べるタイミングこそが大事」という時間栄養の考え方を理解するために、わが国における時間栄養学の第一人者とされる柴田重信氏(広島大学大学院医系科学研究科・特任教授)によるこちらの本をひもといてみることから始めてはどうでしょうか。
参考資料*¹:田原優「時間栄養学研究の現状と展望」『臨床栄養 February 2023』Vol.142 No.2. P178-183