看護における「傾聴」は聴くだけで終わらせない

看護としての傾聴

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患者とのコミュニケーションと
「傾聴する」ということ

病院勤務の看護師さんや訪問看護師さんが勤務中に、患者や利用者、家族などから暴言・暴力を受けた話を見聞きすることが少なからずあります。そのとき暴言や暴力を受けた看護師さん側がとった対応で多いのは、「相手の言い分をただ傾聴していた」というものです。

この「傾聴」は、看護職の方が患者とのコミュニケーションについて語る際に、よく口にされる言葉です。ただ、長年看護の現場を取材してきた経験から、この言葉の使われ方、つまり意味するところが、最近ではずいぶん変わってきているように感じています。

今回はそのあたりのことを書いてみたいと思います。

「傾聴という言葉は使いたくない」
と語る精神看護専門看護師

精神看護専門看護師の平井元子さんを、勤務先に取材したときの話です。もう10年以上前のことになります。彼女の専門であるリエゾン精神看護*の観点から患者とのコミュニケーションについて聞いていくなかで、私はふと「傾聴するということですね」と問いかけたことがあります。

これに平井さんは敏感に反応し、「私は傾聴という言葉は使いたくありません」と、断言されたのです。続いてその理由を話してくれたのですが、当時の私は勉強不足だったこともあり、正確には理解できないままになっていました。

ところが、最近になってその明解な答えを、平井さんの著書のなかに見つけることができ、「ああ、そういうことだったのか」と、了解することができました。

*リエゾン精神看護とは、精神看護の知識と技術を用いて、身体疾患患者が抱える精神的な問題や同僚スタッフのメンタル面での課題に「連携(リエゾン)」しながら対応していく看護領域のこと。

傾聴ではただ聴くのではなく
“言いたがっている”ことを知る

著書『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり 』のなかで平井さんは、日々の臨床において「傾聴」という言葉をできるかぎり使わないようにしている理由を、こんなふうに説明されています。

一般的にみて「傾聴」という言葉には、「徹底して相手の話をただ聴いている」というイメージが強く、聞き手側、つまり看護師サイドの、相手の話を理解しようとする姿勢が弱いように感じられる――と。

患者側からすれば、こころにうっ積していることを話すだけで気が晴れる場合も少なからずあるでしょう。だからカウンセリングなどにおいては、「傾聴する」ことがことのほか重視されるのだろうと思います。

しかし看護では、患者に話してもらうだけでいいケースはむしろ少ないはずです。患者が言いたがっていることを正確に理解し、それにきちんと応えていかないかぎり、患者の満足は得られないことが多いのではないでしょうか。

自分の理解が正しいかどうかを
傾聴により相手に確認する

そこで平井さんは、患者が話してくれたことを、自分がどのように感じ、理解したかを、「言葉にして患者に伝える」ことを意識して心がけていると言います。

自分が伝えたことに患者の納得が得られないときは、また話してもらい、よく聴いて、さらに理解したことを伝え……と、まさに「積極的傾聴」と呼ばれるやりとりを繰り返していくことにより話を深めていくというわけです。

ただじっくり話を聞くことにウエイトを置く「受動的傾聴」も大事ですが、むしろ医療現場では、話を聞いて相手の意思を確認しつつ、必要なことを伝え、納得を得ながら話を進めていく「積極的傾聴」が大事になってくるという話を書いてみました。

コミュニケーションを通して患者理解を深めていくコツは、どうもこの積極的傾聴にありそうです。そしてこの傾聴する姿勢こそが、看護が大事にしている「その人らしさの尊重」ということにつながっていくのではないでしょうか。

看護コミュニケーションでは
「同意」ではなく「合意」が大事

平井さんが指摘されていることの非常にわかりやすい例として、「インフォームド・コンセント」という言葉の解釈をあげることができるのではないでしょうか。

この言葉が日本で使われるようになった頃の医療の現場では、「説明と同意」という訳がもっぱら使われていました。しかし最近はどうでしょうか。

「説明」して相手の「同意」を得るまでの間に、患者側と医療者側との「共感」なくしてはインフォームド・コンセントとは言えない、という考え方が主流になってきています。そして、一方的に「同意」を得るのではなく、患者側と医療者側の双方が「合意」に至る、つまり「わかり合える」ことが必要なのだ、と……。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)、いわゆる「人生会議」における患者との対話で重要とされる「シェアード・ディシジョンメイキング(共有意思決定)」に通じるものがあるのではないでしょうか。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)では、シェアード・ディシジョンメイキングに基づく対話の重要性が強調される。さてシェアード・ディシジョンメイキングとはどのような意思決定を言うのか、たとえばインフォームド・コンセントによる意思決定とはどう違うのか。

患者が納得できないと
暴言・暴力に進展

この「合意」に至るまでには、平井さんが指摘する「ただ聴くだけ」ではなく「傾聴して、言いたがっていることを理解する」プロセスが欠かせないのだろうと思います。相手が言わんとしていることを理解しようとするやりとりを怠り、患者側が納得できない状態が続くと、患者側の不平・不満は蓄積していきます。

そして、苦情が多くなり、暴言・暴力につながることもあるように思います。さらにその先に、看護師さんが患者側からの暴力や暴言で心身ともに疲れ果ててしまうようなことがあるとしたら……。

そんなことにならないように、患者・家族との積極的傾聴を通してコミュニケーションを深め、わかり合える関係を築き上げる努力を続けていかれることを願っています。

傾聴について書かれた本

先日、取材でお目にかかって以来親交を深めている看護師さんから、傾聴に関する本として『対人援助の現場で使える 傾聴する・受けとめる技術 便利帖』を是非勧めてほしいと連絡をいただきました。臨床経験豊かな彼女だけに、「なるほど」の一冊です。

なお、傾聴については、まさに「傾聴のプロ」である臨床宗教師が説く「傾聴のコツ」について書かれた本をこちらで紹介しています。

「カフェ・デ・モンク」と呼ばれる移動喫茶室で宗教者らが悩める人びとの苦悩に耳を傾ける活動が広がっている。この活動の生みの親である臨床宗教師の金田僧侶は、傾聴のコツを「ただ聴くことではなく、相手の物語を共有しようとすること」と説いている。

また、精神科医が説く「聴き方の10の基本原則」も参考にしていただけると思います。

精神科医にして産業医である小山文彦医師による「話の聴き方」の本を紹介する。といっても、カウンセリングの手法やテクニックのハウツー本ではない。テクニック云々の前に、例えば人にはなぜ口は1つなのに耳は2つあるのか、といったことを考えてみてはどうだろうか。

参考資料*¹:平井元子『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり (SERIES.看護のエスプリ)』(仲村書林)