ワインを例に感染症専門医が説く「科学的思考」




ワイン

ワインは飲み方次第で
「害」にもなれば「薬」にもなる

医療に関する話題をブログで取り上げるたびに、アドバイスをいただいている医師から、「食と健康に関する面白い話が満載だから読んでみたら」と一冊の本を手渡されました。
題して『ワインは毒か、薬か。』(朝日新聞出版)――。
そのものズバリのタイトルに、思わず苦笑してしまいました。

私は夕食時に赤ワインを少々嗜む(たしなむ)のですが、ときに「嗜む」の度を超えてしまって、翌日頭がスッキリしないということも稀ではありません。
そんな私をよくご存知だから、ワインは飲み方次第で毒にもなれば薬にもなるよと、この本をすすめてくれたのではと、チクリと心にきたという訳です。

そして、この本の著者が、感染症専門医であると同時に、日本ソムリエ協会認定のシニア・ワインエキスパートの資格を持つ岩田健太郎医師(神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野・教授)だと知り、俄然、興味が湧いてきました。

ワイン通の友人によれば、シニア・ワインエキスパートとは、シニアソムリエとも呼ばれ、いわゆる「ソムリエ」のワンランク上の資格とのこと。シニアソムリエ試験の合格率は20%程度で、そう簡単には手に入らない資格のようです。

感染症は、細菌やウイルスに代表される微生物が引き起こす病気です。
一方のワインは、微生物である酵母菌などによるアルコール発酵があってこその飲み物です。
なるほど岩田医師の専門である感染症とワインには共通項が多いなあと思いながら読み始めたのですが、読み進めていくうちに、本書で著者が伝えようとしているのは、ワインに限った話ではないことがわかってきました。
なお、岩田医師ご専門の感染症に関する記事をコチラで書いています。読んでみてください。

抗菌薬には薬剤耐性菌の問題があり、国際的な脅威となっている。国は先に「薬剤耐性対策アクションプラン」を打ち出し、「抗菌薬適正使用支援チーム」を新設するなど対策強化を図っている。もはや無関心でいられない抗菌薬について理解を深める一冊を紹介する。

食の健康リスクにまつわる
「思い込み」を科学的に検証

目次を見ると、ワインに限らず日々口にしている飲食物の健康リスクについて、人づてに聞いたことや思い込みから固定概念化していること、また「本当はどうなんだろう」と疑問を感じながらそのままになっていることがテーマとして並んでいます。

「胆管がんはワインの飲み過ぎ」の真偽は?
たとえば、最初のテーマ「川島なお美さんのがん死とワインの本当の関係」がその一つ。
女優として活躍された川島さんが大のワイン愛好家だったことはよく知られています。
そんな彼女の死因として公表されたのが「胆管がん」でした。

そこで、ワインの飲み過ぎで胆管がんになったのだろうと、世間も、そして私自身も決めつけていたふしがあります。
ところが本書で著者が、さまざまなデータをもとに科学的に検証していくプロセスを読み進めていくと、そうとはいいきれないのではないか、と思うようになってきます。

乳がんとヘビースモーカーであることの因果関係は?
また、次の「さくらももこさんの乳がんは喫煙が原因!?」でも同じことを考えさせられます。
「ちびまるこちゃん」の著者で有名なさくらももこさんが亡くなり、乳がんが死因だったことが、メディアなどで報じられました。

これを受けて日本禁煙学会は、「たばこと乳がんについての最近の知見」と題する情報を公式サイトで発表。そのうえで、さくらさんがヘビースモーカーだったことを死因と関連づけ、彼女が「タバコと乳がんとの関連を全くご存知なかった」と批判していました。

しかし、さくらさんが乳がんになったのは、本当に喫煙が原因だったのかという疑問は残るというのが、著者が科学的に検証した結果出した答えです。

科学的に考えることの大切さ
紹介した2例以外にも、飲食物や嗜好品と健康との因果関係から「健康によい、悪い」を指摘する話は数多くあり、しばしば私たちはそれを安易に信じ、受け入れています。
もちろんそのなかには、科学的根拠に基づく信頼度の高いものもあります。

しかし本書で著者は、因果関係がはっきりしないまま個人的な思い込みから、一定の飲食物を「健康にいい」「健康によくない」と結論づけている話が数多くあることを指摘。その個々について科学的な検証や提示されているデータを吟味してみせながら、簡単に「健康にいい、悪い」を語るべきではないと結論づけています。

ワインに添加される亜硫酸が
健康に有害とする科学的根拠は?

もちろん本書のテーマが『ワインは毒か、薬か』ですから、ワインに関して「本当はどうなんだろう」を科学的に読み解いていく話も数多く取り上げられています。
そのなかから、勝手ながら、今のところ私が一番気になっている「亜硫酸(二酸化硫黄)は健康に害を及ぼすか?」を見てみたいと思います。

市場で売られているワインのほとんどに、酸化防止剤として亜硫酸が添加されていることはご存知でしょうか。ワインボトルの中で微生物が増殖するのを抑えたり、ワインの酸化が進むのを防いでワインの味を安定させることを狙って、抗酸化作用や殺菌作用のある亜硫酸が使われているわけです。

ところがこの亜硫酸をめぐっては、「頭痛を引き起こす」という話をよく耳にします。
この話を聞くまでの私は、ワインを飲んだ翌日に頭痛が残るようなことがあっても、「飲み過ぎたせいだろう」ぐらいに軽く考えていました。

ワインに添加されている亜硫酸が頭痛の原因?
ところが、あるとき自称ワイン通の先輩から、「ワインに含まれている亜硫酸という酸化防止剤は健康に有害で、ワインを飲むと頭が痛くなるのはその一例だ」と言われたことがあります。
それからは、ワインの選び方に神経質になり、ワインボトルの裏に貼られているラベルをチェックする癖がついてしまいました。

しかし本書で著者は、ワインに添加されている亜硫酸の健康リスクは、摂取量に関連した「程度問題」であって、飲み過ぎないように気をつけてさえいれば、「亜硫酸入りのワインは飲まない」などと決めつける必要はない、と結論づけています。
私としては、合点の行く結論でホッとし、今日からは飲み過ぎないように自制しつつ、さまざまなワインを楽しんでいこう、などと思っているところです。

鵜呑みにせず科学的かどうかを
いかに検証していくか

一方、ワインには興味も関心もないという方にとっては、この本はタイトルを一見しただけで読む気にもなれないものかもしれません。
しかし、本書に一貫して流れているのは、食と健康、とりわけ健康リスクについて考えるときには鵜呑みにすることなく「科学的」に検証してみることが何より大切だ、という話です。

看護においても、科学的なエビデンスがあるかどうかということをとても重視します。
科学的かどうかを判断するには、実証データが欠かせません。
著者は本書においてさまざまな課題の検証作業を進めるなかで、既存のデータだけに頼ることなく、将来こんなデータが出てくるかもしれないと予測されるデータも大事にしながら考えていることに、改めて感心させられます。

そういえば私たちは、「卵にはコレステロールが多く含まれているから1日1個にしたほうがいい」と言われたことを、長く信じてきました。
ところが、高コレステロール血症の人は例外として、健康であれば1日に2,3個食べても血中コレステロール値への影響はほとんどないことが実証され、「日本人の食事摂取基準2015年版」において、それまでの摂取基準が撤廃されるという経験をしています。

科学的にものを考えるとはどういうことか、何をもって科学的と判断するのか――。
そういったことを、食と健康にまつわるごくごく身近な疑問を解きながら学んでいくことのできる一冊として、「看護は実践の科学である」と考える看護職の皆さんに読んでいただけたらと思い、ざっくりと紹介させていただきました。