訪問看護師の半数が訪問先で暴言・暴力被害に

訪問看護


医療提供の場が「病院から地域・在宅へ」と広がっていくなかで、医療ニーズの高い在宅療養者が年々増加してきています。

自ずと訪問看護ニーズはこれまでにない高まりを見せています。

訪問看護師さんの活動が一般の人びとに広く知られるようになり、看護職の間でも人気が高まってきています。

ところが、これから訪問看護の道に進もうと考えている看護師さんに、二の足を踏ませてしまうような、残念な報道がありました。

訪問看護師を悩ます
患者・家族からの暴言・暴力

5年余り前の話になりますが、全国の新聞各紙が一斉に、「訪問看護師の半数が、利用者やその家族から暴力を受けたことがある」とする調査結果を報じたことがありました。

この調査を行ったのは、神戸市看護大学の林千冬教授(基礎看護学&看護管理学)ら研究グループです。

この報道に接して、多くの看護職の方が暗い気持ちになったのではないでしょうか。

質問紙法によるこの調査は、2015年の12月から2016年1月の間に、兵庫県内で、利用者の自宅において在宅ケアをしている訪問看護師さんを対象に実施されたものです。

回答を寄せた358人のうちなんと180人、ほぼ50%暴力を受けた経験があると回答しています。

暴力の内容は、「威圧的な態度」「言葉での侮辱」「身体的暴力」など――。

その詳細をみると、「ばか女死ね」「はさみで刺す」といった言葉の暴力に加え、「杖でたたかれる」「生傷が絶えない」ような身体的暴力もあげられています。

さらには、「抱きつかれた」「訪問中ずっとアダルトビデオを流していた」などのセクハラ被害もありました。

これらの暴力は、利用者によるものが71%で圧倒的に多かったものの、利用者の家族や親族によるものも、少なからず(24%)あったようです。

同様の調査結果は、2017年に全国訪問看護事業協会が実施した全国規模の調査でも確認されています。

勤務医311人とフリーランスの医師8人に、診療に関する被害を相談したことがあるかどうかを尋ねた直近(2022年)の調査でも、14.4%が「ある」と答え、その相談理由は大半が患者や付添人の暴力や暴言だったとの結果が出ています。

院内暴力以上に密室性が高く
実態をつかみにくい

病院内でも、看護師を中心とする医療スタッフに対する患者・家族による悪質な暴言・暴力が社会問題化したことがありました。

看護関連の月刊誌などでも、いっせいに「どうする院内暴力」といった特集を組み、患者・家族の怒りをどう防ぐか、どう鎮める、怒りにどう対応するかなど、さまざまな視点からの対策が検討、実施されてきました。

看護の現場では、ときに患者や家族から厳しい叱責を受けることがある。それが高じて暴力的な言葉、さらには暴力を受けるリスクもあるのだが、そんなときに相手の感情に振り回されることなく対応する上で役立つ2つの言葉、「確かに」と「実は」を紹介する。

警察官のOBをガードマンに迎え、定期的な院内巡回や24時間常駐の体制をとるなど、組織レベルでの対策もずいぶん進んでいます。

その経験を生かしたいところですが、在宅ケアの現場では、多くの看護師さんは、単独で訪問看護をしています。

暴力・暴言被害を「病気のため」などと諦めない

そこは利用者宅であるうえに密室性が高く、第三者の理解が得にくいという事情も加わり、「利用者は病気なのだから仕方がない」と、一人胸に収めてしまう訪問看護師さんが少なくないようです。

この調査でも、訪問看護師さんがとった対応で最も多かった回答は、「相手の言い分をただ傾聴した」(24%)であり、次いで「我慢した、あきらめた」(15%)となっていました。

こうした結果から調査グループの林教授は、訪問看護師サイドが、「自分の対応が悪かったのが原因と思い、暴力と認識しない場合もある」として、実際はもっと高率で暴力被害が起きているのではないかと分析。

「過去のトラブル情報を共有する仕組みや(訪問看護師のための)行政の相談窓口設置などの対応が必要」と指摘しています。

その後、兵庫県看護協会は訪問看護師・訪問介護員への暴力等対策として、電話相談窓口を設置するとともに、ホームページにおいて「訪問看護師・訪問介護員が受ける暴力等対策マニュアル」*¹を公開しています。
ダウンロードして活用されてはいかがでしょうか。

看護師も暴力の被害者
広く一般にも知ってもらう

一方、介護現場における虐待や暴力をことさら辛辣に取り上げる報道が、このところ続いています。

確かに、ケアの受け手である高齢者や病人が被害を受けている実態はありますから、そこは問題視していく必要はあると思います。

しかしそれとは別に、今回の調査結果が象徴しているように、訪問看護師など、ケアを提供する側のスタッフも、暴言を浴びたり暴力を受けたりと、理不尽な状況に置かれて、多くがストレス状態にあるという現実があります

その実態を、広く一般の人びとにも知ってもらい、一緒に対策を考えていく必要があるのではないかと思っているところです。

なお、訪問看護全般に関する悩みや訪問先での困り事については、日本訪問看護財団による『訪問看護お悩み相談室 令和3年版: 報酬・制度・実践のはてなを解決』(中央法規出版)が参考になります。

「ただ傾聴する」の「傾聴」とは

暴言・暴力を受けた時の対応として最も多いとされた「傾聴」については、以下も参考にしてしていただけるのではないでしょうか。

看護においては「傾聴する」ことの大切さが強調される。ただこの「傾聴」は、相手が話すことをただじっくり聴いていればいいというものではない。聴いて理解したことを相手に伝えることの繰り返しにより、双方が納得して合意できることが大切だという話を。

対話を重視する医療メディエーション

また、訪問先で暴言・暴力を受けた時、またその兆候のある利用者宅訪問時の対応を考えるうえで、以下の記事がお役に立てると思います。少しでも参考にしていただけると嬉しいです。

社会問題になっている職場におけるハラスメントは医療現場も例外ではなく、多くの看護職が被害者と聞く。対話不足が主因なら、医療現場で最近力を入れている医療メディエーション、つまり「対話による関係構築」の手法をハラスメント対策に活用してはどうかと考えた。

参考資料*¹:兵庫県看護協会「訪問看護師・訪問介護員が受ける暴力等対策マニュアル」