遺伝性乳がん患者の予防的切除に初の保険適用




乳がん

遺伝性乳がん卵巣がん症候群の
乳・卵巣・卵管がん患者が対象

乳がんや卵巣がんを発症しやすい遺伝子変異が見られる乳がん患者や卵巣・卵管がん患者には、新たながんの発症を防ぐために、がんが発症していない側の健康な乳房や卵巣・卵管を予防的に切除する手術が行われることがあります。

この場合の切除手術について、厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会(通称、中医協)は12月13日、公的医療保険の適用対象と認めることを決定しました*¹。

保険適用が開始されるのは2020年4月からです。
また、保険適用の対象になるのは、
①遺伝子検査により生殖細胞系列の「BRCA1遺伝子」または「BRCA2遺伝子」のどちらかに生まれつきの異常(変異)が認められ、
②「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hreditary Breast Ovarian Cancer:HBOC)」と診断され、
③HBOCの症状である乳がんや卵巣・卵管がんを発症している患者です。

発症していると保険適用だが
未発症段階では適用外

これまで、HBOCの診断を受けて予防的切除手術を希望しながら、数十万円をくだらない高額な手術費用の全額が自己負担になるという経済的な理由から、手術を受けることを躊躇する患者か少なくありませんでした。
このことを考えれば、今回の決定はまさに朗報と言っていいでしょう。

しかし、同じHBOCの診断を受け、将来的に乳がんや卵巣・卵管がんを発症するリスクが高いことを医師から告げられ、本人自身ががんを発症していない段階での予防的切除を希望したとしても、そのための検査や手術には医療保険が適用されないことになります。

この点を指摘し、「これでは不十分な対応だ」と問題視する声が少なからず聞かれるなかでの保険適用のスタートとなっています。

遺伝カウンセリングができる
がんゲノム医療の拠点病院から

乳がんといえば、女性に最も多いがんです。
毎年1年間に、全国で約9万5000人の女性が新たに乳がんの診断を受けていると推計されていますが、その3~5%をHBOCが占めるとされています。
数にすると、年間3000~5000人弱といったところでしょうか。

一方、卵巣・卵管がんと新たに診断される患者は、40歳以降に多く、全国で年間約1万3000人と推計されています。その10~15%をこのHBOCが占めるとされていますから、年間2000人弱が新たにHBOCの診断を受けている計算になります。

HBOCの診断過程においては、遺伝子変異を検出するための遺伝子検査が行われます。
この検査が行われる際には、また予防的切除術を含む治療法を決める段階においても、遺伝カウンセリングが欠かせません。

また、HBOCを診断された場合、BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子の遺伝子変異は、2分の1の割合で親から子に受け継がれますから、親族にも影響が及ぶことになります。
この親族へのアプローチにおいても、遺伝カウンセリングが欠かせません。

したがって、保険適用下での予防的切除手術の実施は、HOBC診断を適切に行うための遺伝子検査や治療体制に加え、遺伝カウンセリング体制も整っていることが必須条件となります。

具体的には、現時点(2020年1月1日)では、これらの体制が整備されている全国11か所のがんゲノム医療中核拠点病院やがんゲノム医療拠点病院(34か所)、がんゲノム医療連携病院(161か所)において実施されることになりそうです。

がんゲノム医療の遺伝子検査に公的保険が適用される。がんゲノム医療中核拠点・連携病院での相談支援体制も整備された。治療薬の開発に課題は残るが、標準治療では効果が見込めないがんや希少がん、小児がんで苦しむ患者に朗報といえよう。そのポイントをまとめた。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群の
診療指針は予防的切除を推奨

HBOC患者の治療については、両側の乳房切除術を行った場合、腫瘍側(がんが発症している側)のみの乳房切除術を行った場合に比べ生存率が高く、また卵巣・卵管切除術は死亡率を低下させることが、内外の研究により確認されているそうです。

このエビデンスを踏まえ、「遺伝性乳癌卵巣癌症候群の手引き2017年版」や「乳癌診療ガイドライン2018年版」では、HBOCの女性に乳がんが発症した場合、リスクを下げるために発症していない側の乳房を切除する「対側乳房切除術」を受けることを「強く推奨する」としています。
また、予防的な卵管・卵巣切除術についても、将来的に子どもを持ちたいという希望がない女性には特に強く推奨しています。

■遺伝子検査と予防的治療
この先、遺伝子検査の進歩と普及に伴い、HBOCの診断を受ける患者が増えることが予想されます。
HBOC患者については、70歳までに乳がんになる確率が50%前後に達するとのこと。
また、40代までの若い年齢で発症するケースも少なくないことや、発症した側のがんを治療しても、もう一方に新たながんが発症するリスクも高いことなども報告されています。

このようなリスクを考えると、HBOCの患者ががんを発症していない乳房や卵巣・卵管の予防的切除を希望するケースが今後一層増えるものと予想されます。

■健康保険法は予防的対応に保険適応を認めない
しかし、現行の健康保険法では、がんに限らず病気を発症していない段階で予防的に手術を受けるなどしても、保険適用が認められることはありません。
とはいえ、遺伝子レベルで病気のリスクが明らかにされるなど、検査技術が進歩するなかにあっては、果たしてこのままでいいのかどうか、さらなる議論が必要ではないでしょうか。

参考資料*¹:厚生労働省 2019年12月13日中医協総会資料