看護の基本理念「患者主体」の示唆に富む一冊




赤ちゃんを産む幸せ

「日本一出産数の多い病院」
が熊本にある理由を探ると……

もう2年余り前になるでしょうか。テレビで「日本でいちばん赤ちゃんが産まれている病院」を紹介する番組が放映されたことがあります。ご覧になった記憶のある方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。

統計資料などのデータをもとにつくられるいろいろなランキングをみていると、「えっ、なぜここがトップなの?」と、不思議に思うことがあります。
そういった想定外のランキングをあえてとりあげ、その「なぜトップなの?」を解き明かしていこうという趣旨の番組で、たまたま私が視聴したその日のテーマというのが、「全国で出産数の多い病院ランキング」でした。

テーマを聞いて、おそらく誰もが東京や大阪のような人口の多い大都市にある病院だろうと思ったはずです。私も、最近の住宅事情から考えると東京の都心ではないだろうが、出産適齢期のカップルが多く住んでいる東京近郊の、通勤圏内にある神奈川県や埼玉県、あるいは千葉県あたりにある病院だろうと思ったものです。

しかし予想は外れました。なんとトップは熊本県熊本市にある「福田病院」とのこと。しかも、年間の出生数が10年連続日本一で、福田病院と2つの系列クリニックを合わせると、年間約6000人が誕生しているというのです。

人口比で考えてもちょっと意外なデータに驚かされます。
熊本市内、あるいはその近隣に住む妊産婦さんたちは、なぜ福田病院に集まるのか――、番組はその解明へと進んでいきました。

院内環境や食事のすべてが
妊産婦を「お姫様気分」に?

現地に飛んだ取材クルーは、イメージ的にはドキュメンタリータッチというよりもバラエティー番組がよくやるように、まずは熊本市内の幼子を連れたママたちの声を紹介することから始めました。
マイクを向けられた福田病院、あるいはその系列クリニックで出産したという女性の多くが、その選択理由として「お姫様気分を味わえるから」と答えているのを聞いて、私としてはちょっと意外に感じました。

というのは、出産に立ち会う医師や助産師、看護師について、「評判のいい先生がいるから」とか「スタッフのみなさんが優しく親切にしてくれると評判だから」といった、妊産婦さんの安心、安全につながる評価の声が聞かれるものと思っていたからです。

さらに仰天させられたのは、実際に取材クルーのカメラが映し出す福田病院の院内風景でした。それは、都内の高級ホテルも顔負けの、モダンでかつゴージャスなものでした。
病室は全室が広い個室で、プール、フィットネスクラブ、エステサロン、さらには美容室も完備されています。

入院中の妊産婦さん専用の和洋レストランが二つあり、食事はそこでとることになります。
朝食はおおむね、その地域で名の知れたという和食レストランで、ランチやティータイムは専用のシェフがいる洋食レストラン、あるいは茶室で過ごすといいます。
そして夜になれば、ピアノやフルート演奏を楽しみながらゆったりとディナーを、といった感じでしょうか。

至れり尽くせりのサービスで、なるほどこれなら「お姫様気分」で過ごすことができるだろうと思ったものです。その一方で、気になるのはかなり高額なのではないかということ。
ところが、通常分娩であれば、健康保険加入者に対して子ども一人の出産に支給される「出産一時金」(42万円)でまかなえるというから、またまた驚きでした。

「出産の主体は妊産婦である」
ことを常に念頭におく

番組は、ほとんどが以上のようなハードの部分の紹介で終わっていました。
何か物足りなさを感じる一方で、そこに映し出された妊産婦さんたち、さらには医師をはじめとする助産師さんや看護師さんなど、医療スタッフの方々のやわらかい笑顔、そして穏やかな表情が印象深く残りました。

その絶えない笑顔や穏やかな雰囲気を生み出している病院の理念とでもいうか、いわゆるソフトな部分についても知りたい――。
そんなふうに思っていたところ、この病院をヒューマンタッチで取材した一冊の本が今年(2017年)6月に刊行されていることを知りました。

題して『日本一赤ちゃんが産まれる病院 – 熊本・わさもん医師の「改革」のヒミツ』(中央公論新社)。ちなみに「わさもん」とは熊本の方言で、「新しいもの好き」といった意味合いのようです。新しいことを思いついたらとりあえずやってみる、といった感じでしょうか。

早速読んでみました。そして、福田病院を紹介するあの映像にあふれていた静かな笑顔や幸せそうな空気の秘密が少しだけわかったような気がしてきました。
それは、この本の中で紹介されている福田病院の現院長である福田稠(しげる)氏の「出産の主体はあくまでも妊産婦さんであることを忘れない」との言葉に集約されています。
この視点で、ハード面もソフト面も改革を推進してきたのだそうです。

「すべてが患者のため」が
「その人らしく生きる」支援に

たとえば、福田病院を取材した番組の映像をみて違和感を感じた病院内のプールやフィットネスクラブについて院長は、「妊婦にとって適度な運動がいいことはいまは常識となっている」ことを指摘。この運動を医療者サイドが妊婦の体調を管理しながらできるように院内にプールを設置しているのだと言います。

入院中の妊産婦のために、専用シェフのいるレストランを用意しているのも、まったく同じ考えからで、「安心・安全に産むのは大前提ですが、幸せに産むのも大事なこと」との確たる信念によっているのだと言います。

「とにかく女性の人生をバックアップしていきたい」と話す院長は、「ハッピーに産んで、その後の子育ても不安なく行ってほしい」との考えから、産まれた赤ちゃんに病気があったり低体重だったりした場合にも、すぐに対処できるように万全の備えをしています。

地域周産期母子医療センター、不妊治療や子育て問題、更年期治療、複雑な家庭内事情などにより出産後の育児に問題を抱えることが予測される、いわゆる「特定妊婦問題」や特別養子縁組制度への取り組み等々、女性の一生に総合的に寄り添っているのが、この病院で「日本一赤ちゃんが産まれる」理由のようです。

「すべてが患者のため」を考えて「その人らしく生きることを支援する」取り組みであることに間違いはないようです。とはいえ、看護師が考える「その人らしさ」とは?でも書いているように、「患者主体」は必ずしも「目の前の患者の言いなりになることではない」ことを、改めて確認させられる一冊でもあるように思います。
助産師さんをはじめとする周産期医療にかかわっておられる方はもちろんですが、そうでない看護師さんにも、一読をおススメします。