高齢患者の対応に追われる看護師の苦悩を思う

高齢者病棟

高齢入院患者殺害事件で
考えさせられること

横浜市内の病院で大変な事件が起きてしまいました(2016年9月)。

患者の安心と安全が最優先されるはずの入院病棟における「点滴への異物混入による高齢患者殺害」事件は、発生からすでに1週間が経とうとしています。

メディアは犯人探しに躍起で、たちの悪いうわさが飛び交っています。

そのなかにはこの時とばかりに、事件の起きた病院の体制やそこに働く看護師の仕事ぶりを誹謗中傷する話も少なからずあり、当事者ではないにしろ、同じ看護師として、こころを痛めておられる方も少なくないのではないでしょうか。

早晩すべてが解明されるでしょうから、その時を待つとして、今回の件に関連して、考えていることをちょっと書いてみたいと思います。

この件については、事件発生から1年10カ月後の2018年7月、当時看護師として当該病棟に勤務していた女性による犯罪であったことが明らかになっています。
誠に残念な事件ではありますが、終末期ケアを担う看護師さんのグリーフケアについて考えさせられた事件でもありました。その辺のことをコチラの記事にまとめましたので読んで参考にしていただけたら幸いです。
高齢入院患者の「点滴による中毒死事件」発生から1年10カ月後、残念ながら逮捕されたのは当時の担当看護師だった。「消毒液を点滴に混入」したとのこと。現場の状況がわかるにつれ、看取りの後にグリーフケアが行われていたら、と悔いる気持ちが募る。

看護師に任せっきりの
患者家族への強い疑問

1年ほど前のことになります。東京の郊外に暮らす友人から、入院中の義母を見舞って今戻ったところだと、電話が入りました。

「看護師さんって本当に大変な仕事よね。つくづく頭が下がるわ」と、いつになく神妙に話すので、何があったのかと尋ねると、こんな話をしてくれました。

脳梗塞で入院中の義母を連日見舞っているのだが、義母の病室とエレベータを行き来する廊下の右手に8人部屋がある――。

その前を通るたびに、病室内の様子が否応なく目に入ってくるのだが、その病室の8人全員がベッド上で点滴などにつながれていて、シーンと静まり返っている。

たまに病棟の看護師さんが、「〇〇さーん、さあ血圧を測ってみましょうね」などと、明るく呼びかける声が廊下まで届くことがあるのだが、それに応える声さえ聞こえてこない……。

友人としては、自分は毎日通ってそこに5時間余りいるのだから、8人の患者さんのうち誰かの家族や見舞客を見かけることがあっても不思議はないと思うのだが、一度たりともそれと思しき人と顔を合わせたことがない――。

「お子さんもお孫さんもいるだろうに、結局のところ、入院したら看護師さんにすべて任せてしまっているんでしょうね。でも、その任されるほうの看護師さんは、仕事とはいえ、大変よね。なんとかならないのかしら」というのです。

少し前のデータですが、2016年4月、全日本病院協会が、大変興味深い調査結果*¹を発表していました。

この調査は、厚生労働省が2001年に作成した高齢者に対する「身体拘束ゼロへの手引き」の達成状況を調べたものでした。

結果では、回答のあった一般病棟(77施設)に限ってみてみると、その94%が、「からだや手足をひもで縛る」など、原則禁止として例示された11行為のいずれかを行うことが「ある」と答えているのです。

身体拘束禁止の対象となる具体的行為とは

なお、厚生労働省は「身体拘束ゼロへの手引き」のなかで、以下11の行為を、身体拘束禁止の対象としてあげています。

  1. 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る
  2. 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る
  3. 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む
  4. 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る
  5. 点滴、経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける
  6. 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型拘束帯や車いすテーブルをつける
  7. 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるような椅子を使用する
  8. 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる
  9. 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッド等に体幹や四肢をひも等で縛る
  10. 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる
  11. 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する

調査では、これら11行為への許容意識についても調査しています。

その結果を見ると、車いすやベッドに縛りつける行為については、全体の70%が「理由を問わず避けるべきだ」と回答しています。

その一方で、「手指の機能を制限するミトン型手袋などの着用回避」については、「避けるべき」と答えたのは25%にとどまっていました。

その背景には、治療のため、あるいは医療事故防止のためにやむをえない場合には行動を制限することも許容されていいのではないか、と考えざるをえない実態があることがうかがえるのですが……。

しかし、こちらの記事で紹介しているように、高度急性期病院で身体拘束をしない看護を実践できているケースもあります。

身体拘束に頼らない看護の実現は口で言うほど簡単ではない。その秘訣を、高度急性期でも拘束ゼロを達成した金沢大学附属病院の取り組みをまとめた一冊の本を通して紹介する。「患者を人として尊重する」「患者とのポジティブな関係構築」の2点にあるようだ。

また、日本看護倫理学会は、「身体拘束やむなし」と判断する背景にある「せん妄」をアセスメントすることを身体拘束予防の第一歩とすることを提案しています。

身体拘束を防ぐ取組みについては、国による「身体拘束ゼロへの手引き」よりも日本看護倫理学会の「身体拘束予防ガイドライン」がより実践的と評価され、医療現場はもとより介護現場でも活用する施設が増えていると聞く。何がどう実践的なのか、改めて見直してみた。

高齢社会における
看護の新たな難題を痛感

今やこの国は世界に例を見ない超高齢社会に突入しています。

人口の高齢化とともに、入院患者に占める高齢者、とりわけ75歳以上の、いわゆる後期高齢者の割合は年々高まる一方で、「後期高齢者の入院の取り扱いをどうするか」が、喫緊の社会的課題となっています。

そんななかで起きた今回の事件は、1病院の問題にとどまらないように感じるのは私だけではないと思いますが、いかがでしょうか。

いみじくも友人が電話先でつぶやいたこの言葉は、今回のような事件が起こることを暗示していたようにも思えます。

「看護師さんや病院スタッフの皆さんだけに負担を強いているのではないかしら」

国レベルで対策を急がなくてはならないこともあるでしょう。

それだけを待つことなく、ご家族や関係者の方々には、まずは大変な状況のなかで「患者さんのために」と切磋琢磨しておられる看護師の皆さんには、せめて折に触れ感謝の気持ちを伝えてほしい、ねぎらいの言葉をかけてほしいとつくづく感じさせられます。

また、一般社会に向け、その必要性を訴えていくこともどこかでやっていかなくてはと思っているところです。

参考資料*¹:身体拘束ゼロの実践の伴う課題に関する調査研究事業 報告書