麻央さん逝去の報に接して
がんの闘病中ながらブログでその生活を惜しむことなく綴り、がん看護のこと、がんサバイバーシップやセルフアドボカシーを考えるうえでたくさんのヒントを提示してくださっていた小林麻央さんが、6月22日夜、ご自宅で逝去されたと報じられています。まだ34歳という若さ、しかも二人の幼子を残しておられるだけに悔やまれます。
ただただ心よりご冥福をお祈りいたします。 2017年6月23日記す。
生きる姿勢が
「がん患者」から「がんサバイバー」に
進行性の乳がんで闘病中の小林麻央さん(34歳)が、6年半ぶりに再開したというブログが、連日のようにワイドショーなどのメディアで大々的に取り上げられています。
夫で歌舞伎役者の市川海老蔵さんが、彼女が乳がんで闘病中であることを会見で明かしてから、ほぼ3か月になります。
メディアの関心が乳がんのステージや彼女が受けている治療などに集中しているのに対し、私自身は、まだ幼い二人のお子さんの母親である彼女の心境に思いをはせていたものです。
「母親業と治療の両立は難しいだろうなぁ」と――。
そんな関心をもったこともあり、麻央さんがブログを再開したとの報を受け、おそらく厳しい治療を受けながらの生活が続いたであろうこの3か月ほどの間に、彼女のこころにどんな動きがあったのか、大変興味をもちました。
というのは、報じられる彼女のブログに書かれているという言葉の端々に、「がん患者」としてというよりは「がんサバイバー」として、この先をなんとか生きぬいていこうという前向きの、強い姿勢が見てとれるからです。
「がん哲学外来」の活動と
がんサバイバーシップ
ところで、日々臨床でがん患者にかかわっている看護師さんなら、おそらく順天堂大学大学院の樋野興夫(ひの おきお)教授をご存知だろうと思います。
そうです。2008(平成20)年1月に日本で初めての「がん哲学外来」を開設し、以来ずっとがん患者やその家族と対話を続けている、あの医師です。
がん患者との「対話の場」としてがん哲学外来が開設された年の年末に、運よく樋野医師の講演会を取材する機会を得ました。
当時の取材メモを紐解いてみると、会場に集まった人たちに語りかける樋野医師の、こんな言葉が書きとめてあります。
- がんの種類やステージに関係なく、がんには悩みがつきものである
- がんになって悩むことは決して悪いこと、恥ずかしいことではない
- がんの発症がわかったことをむしろ好機としてとらえ、大いに悩み、じっくり考えてほしい
- そのことは、その後のあなたの人生を豊かにすることにつながるはずだ……。
樋野医師が語り掛けるがんサバイバーシップのベースとなるこのような考え方、がんの受けとめ方は、多くのがん患者はもとよりがん患者にかかわる人たちの共感を集めています。
そして今では全国約100か所で「がん哲学外来」、あるいはそれを発展させた「がん哲学カフェ」が開かれるまでになっているそうです。
詳しくは、樋野医師が理事長を務める「一般社団法人 がん哲学外来」のホームページを参照してみてください。また、最寄りの「がん哲学外来」もここで知ることができます。
ある医師との出会いと
「がんの陰に隠れないで」の言葉
おそらくは、がんサバイバーとして生きる覚悟のようなものが読み取れる今の麻央さんにも、長い沈黙の時を経てブログ再開を決めるまでの過程には、そんな「対話の場」がいくつもあったんだろうと思います。
実際、その一例としてブログには、「素晴らしい先生との出会い」があり、その先生からの「がんの陰に隠れないで」という言葉がきっかけとなり、「ブログを書くことにした」といった趣旨のことが書かれています。
同時に、毎日彼女のブログを見ているわけではないのですが、ちょっと残念なこともあります。麻央さんが、長い間閉じていたブログを再開して、自分らしい生活をしていこうと決心するまでの過程には、当然ながら担当医のみならず多くの看護師さんともさまざまなかたちでの対話、かかわりがあったんだろうと思います。
おそらそうした看護師さんとのかかわりのなかにも、彼女の今回の決心に弾みとなったことが少なからずあったと思うのですが……。少なくとも現時点で、そのことがブログには書かれていないことには、いささか物足りなさを感じてしまうのです。
がんサバイバーシップと
セルフアドボカシー
乳がんという病名告知を受けた当初の麻央さんは、多くのがん患者がそうであるように、行く先のことを思い悩み、精神的に混乱した状態で、苦悩と戸惑いに満ちた表情をしていたものと推察されます。
しかし、3か月余りの時間を経た現在では、さまざまな立場の人と対話を重ねるなかで、自らのこれからのみならず、わが家で待っている幼子たちの将来にまで思いをはせるようになっているようです。
従来の「がん患者」のイメージを超える、まさに「がんサバイバー」としての前向きの姿勢、がんサバイバーシップがみられるようになっているのですが、そんなふうに変わっていくために、彼女にかかわっている看護師さんはどんな支援をしてきたのでしょうか。
その支援として、たとえばがん看護専門看護師の近藤まゆみさんは、近著『臨床・がんサバイバーシップ―“生きぬく力”を高めるかかわり 』(仲村書林)のなかで、がんサバイバー自身の「セルフアドボカシ―力」への働きかけを強く勧めています。
つまり、がんサバイバーが、自分の置かれた状況に負けずに自ら対処して前に進んでいこうとする力を育み、活用できるように支援するということです。
なお、現時点ではあまりなじみのないと思われる、この「セルフアドボカシー」については、こちらの記事で詳しく書いていますので、読んでみてください。