「人生会議」PRポスター騒動で気づいたこと




食卓と花瓶

ACPの普及を願って作られた
「人生会議」のPRポスターが……

アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)、通称「ACP」が広く普及していくためには、看護職をはじめとする医療・介護関係者はもちろんのこと、なにより医療や介護を受ける立場にある患者と家族を含む一般の方の理解が不可欠です。

そこで厚生労働省(以下、「厚労省」)は昨年、ACPをよりなじみやすい名称にして認知度を高め、広く一般の理解を得て積極的な取り組みにつなげようと、「人生会議」という愛称を決めました。
併せて、「いい看取り」「いい看取られ」のゴロ合わせから、毎年11月30日を「人生会議の日」と定める旨発表しました。

少なくとも年に1回、11月30日には自分の人生の締めくくり方、とりわけ「もしものとき」に自分が受けたい医療やケアについて考え、その心づもりを家族や友人たちと話し合う家族会議のような時間を持ってほしい、といったメッセージだったはずですが……。

この発表から1年が経過した今、期待していた割にはACPはおろか「人生会議」という愛称そのものさえ、一般の方々にはあまり認知されていないようです。

こんな現状をなんとかしようと、厚労省が講じた策が、吉本興業の人気お笑い芸人、小籔千富(こやぶ かずとよ)さんをモデルにした「人生会議」のPRポスターでした。

厚労省がホームページ上から
「人生会議」のポスターを削除!!

このポスターは、小籔さんが鼻に酸素チューブを装着して、テレビでは決してみせない厳しい表情でベッドに横たわる写真とともに、
「まてまて オレの人生ここで終わり? 大事なことなにも伝えてなかったわ」
で始まる関西弁の文章が長々と綴られたものでした。

厚労省のホームページ上で11月25日に公表されたこのポスターを目にした瞬間、
「厚労省の担当者は一体何を考えているのだろう!!」
と、驚きや怒りというより、むしろ悲しみに近い感情が湧いてきました。

このポスターを、今まさに人生の最終段階にある患者やその家族、残された時間があまり長くないことを医師から告げられ、あるいは自ら察知して深く気落ちしている患者が目にしたら、決していい気持ちはしないだろう、と思ったからです。

案の定といいましょうか、公開されたその日から、厚労省にはがん患者個人や患者団体などから、激しい抗議の声が続々と届いたそうです。
SNS上でも「ふさわしくない」「不安をあおる」といった批判が相次いでいます。

こうした事態を受けて同省は、予定していた全国の自治体へのポスター配布を中止。
公開されていたポスターは、ポスターの完成を知らせる告知文もろとも、公開から1日で同省のホームページ上から完全に消えてしまいました。

「人生会議」という愛称が
あちこちで語られ始めた

ご承知の方も多いと思いますが、「人生会議」という愛称は、厚労省の公募に集まった1037件のなかから選ばれたもので、名付け親は集中治療室に勤務する現役の看護師さんです。

重篤な状態に陥り、意思表示もできないまま最期を迎える多くの患者をケアするなかで、自分のもしものときについて語ることを「縁起でもない」として避けてしまわずに、
「家族と食卓を囲みながら気軽に話題にできるくらいACPが身近なものとなり、広く浸透していってくれたら」
と思い至り、「人生会議」という愛称を思いついたと聞いています。

「もしものときのこと」を患者と家族、医療関係者が話し合うアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の取り組みを普及させようと、厚生労働省が愛称を公募。選ばれたのは現役看護師による「人生会議」。看護職にも認知度はまだ低いのですが……。

ところが、今回作られた「人生会議」のPRポスターからは、このような名付け親の気持ちのひとかけらも読みとることができず、なんとも残念に思えたのですが……。

厚労省が、このポスターの全国の自治体への配布を中止したことがメディアで一斉に取り上げられ、この事態への賛否両論が各メディアやSNS上でさまざま交わされるのを見聞きしているうちに、私の気持ちは少し変わってきました。

「あまりいい方法ではなかったものの、もしかしたら結果オーライではないだろうか。ポスターをめぐってこのような騒動になり、人生会議という愛称があちらこちらで語られるようになることを、厚生労働省はあらかじめ読んでいたのではないか」
とさえ、思うようになってきたのです。

今話題の「人生会議」を
「いのちの終活」と伝えたら

今回のポスターの一件以来、「人生会議」という愛称やACPという取り組み自体に、これまでほとんど見向きもしなかった新聞やテレビの報道番組、とりわけお茶の間に最も近いとされる「ワイドショー」と呼ばれるような番組までもが、連日のように「人生会議」ということを話題に取り上げているのです。

その結果、「人生会議」という愛称の知名度が上がり、そういった取り組みが医療現場を中心に進められていることが、広く一般に知られるところとなってきたのです。

このこと自体は、ACPを働きかける側にいる医療者サイドにとっては、ひとつの「収穫」と言ったら少々語弊があるかもしれませんが、今をチャンスととらえて相応の対応をしたら、「災い転じて福となす」にできるのではないかと思うのですが、いかがでしょう。

少なくとも、一般の方たちが「人生会議」という言葉から何をイメージするのか、自分の「もしものときのこと」考えたり、その心づもりを家族や親しい仲間と話し合うということをどのように受け止めているのか、といったことが以前にも増してより具体的にイメージできるようになってきたことは大きいと思います。

1つ例を挙げると、昨年亡くなられた樹木希林さんが模範を示してくれたこともあって、一般の方の間でも「終活」という言葉が徐々に浸透しつつあるようにみえます。

ただ、その理解の度合いはお葬式の準備とか、財産分与といった話に流れがちですから、
「人生会議も終活、それもお葬式になる前の、いのちの終活の話ですよ」
などと伝えることができたら、ACPの取り組みもあまり抵抗なく受け入れていただけるようになるのではないでしょうか。

ポスターの意図するところを
ていねいに説明していたら

なお、今回の一件では、「人生の幕を閉じようというときの真面目な話に吉本の芸人を使うなんてけしからん」と批判する声が多いと聞きます。
しかし、「笑いの効用」ということを考えると、この批判は当たらないように思います。

何よりも吉本興業という会社は、大阪国際がんセンターで進められている「笑いと免疫力」や「笑いと自己効力感」の関係性に着目した実証研究に、長年にわたりボランティアで協力していると聞いています。

今回のPRポスターには、「全国版なのだから標準語を使ってほしい」という強い気持ちは依然残ります。しかし、このポスターの意図するところ、またなぜ小藪さんを起用したのか、なぜ吉本興業に委託したのかについて、厚労省の担当者がていねいに説明していたら、「税金を4000万円以上も使って!!」などという批判も出なかったでしょうし、「人生会議」自体もよりポジティブに受け止めてもらえたのではないでしょうか。

「笑い」に免疫力を高める効果が期待できることは欧米での実験で確認されている。日本でも初めて、その実証研究がお笑い芸人の協力を得て行われ、その効用が確認されている。研究対象はがん患者だったが、認知症をはじめとする他の患者にも応用できそうだ。