無症候性感染者の存在と
感染対策としての標準予防策
感染拡大の勢いに依然衰えの兆しが見えない新型コロナウイルス――。
このウイルスの脅威として、ほんの一部の人から図らずも感染してしまった「患者集団(クラスター)」が全国的に散在していることが指摘されています。
この場合、感染源となっている人のなかには、このウイルスに感染しているものの発熱やくしゃみなどの症状が全くない、いわゆる「無症候性感染者(「無症状病原体保有者」とも「無症候性キャリア」とも呼ぶ)」が少なからず存在しているようです。
彼らは、自覚症状がないために安心(油断?)して、つい人混みに出掛けてしまい、そこで周りの人に感染を広げ、感染の連鎖を生んでしまっているわけですが……。
実は、この無症状の感染者の数が明らかになっていないことが、「オーバーシュート」と呼ばれる爆発的な感染拡大を伴う大流行につながりかねないだけに、現時点では最も憂慮すべき問題の一つとなっているようです。
無症候性感染者が別件で医療機関を受診したら……
そこでふと気になるのが、新型コロナウイルスの無症候性感染者が、感染症とは全く別の疾患で医療機関を訪れる可能性がゼロではないという点です。
看護師の友人と電話でそんな話をするなかで、
「私たちが手荒れを気にしながらも日々実践している標準予防策の大切さを実感させられるのは、こんなときだけど……。どうかしら、おざなりになっていないかしら」
といった話になりました。
その流れで、彼女の提案もあり、院内感染対策の基本中の基本である標準予防策について、勘違いや思い込みが多いと指摘されている点を中心に、整理してみたいと思います。
このところ連日のように新型コロナウイルスによる院内感染で看護師さんが感染を受け、やむを得ず職場を離れることになったとの報道が続いています。
どうぞ、我が身を守るためにも今一度標準予防策を徹底することから感染対策を!!
手袋を過信することなく
外した後は必ず手指衛生を
「スタンダード・プリコーション(Standard Precaution)」とも呼ばれる「標準予防策」とは、感染症の原因となる病原体(細菌やウイルスなど)の感染・伝播リスクを減少させることを目的に行う院内感染予防策です。
感染症そのものや発熱などの感染症を疑わせる症状の有無に関係なく、すべての患者のケアに際して行う感染対策で、患者の病気や健康状態により省略できるというものではありません。
基本は、まず手指衛生、つまり衛生的手洗い、または手指消毒です。
そのタイミングは、患者に接する前と後、および清潔・無菌操作の前も必須です。
感染性のある血液などを扱うときは手袋を
さらに、患者の血液・体液(唾液、胸水、腹水、腹水、心嚢液、脳脊髄液など)・汗を除く分泌物・排泄物・傷があるなど健常でない皮膚・粘膜は、すべて感染源となる可能性があるものとして考え、それらを取り扱った後も手指衛生を行います。
患者の血液など感染性のリスクがあるものは、手袋をして取り扱うことが多くなります。
その際、「手袋をしていたから手指は汚染していないだろう」
と考えがちではないでしょうか。
しかし、手袋に見た目にはわかりにくい小さな穴があいていることもあれば、使用中に手袋が破れることもあります。あるいは、手袋を外すときに汚染している表面を素手で触れてしまい、手指を汚染する可能性も否定できません。
手袋をしていても、手袋を外した後は必ず手指衛生を行うことをお忘れなく!!
また、手袋については、同じ患者であれば手袋を交換する必要はないだろうとも考えがち。
しかし、同じ患者であっても、汚染部位のケアから清潔部位のケアに移るとき、また手袋が血液や体液などで汚染した場合には、適宜交換する必要があります。
ガウンなどの個人防護具は
患者の室内で外してから退室する
患者の血液や体液、排泄物といった感染性のあるものを取り扱ったり、傷のある皮膚や粘膜に触れる際には、手袋に加え、マスク、ゴーグル、フェイスシールド、エプロン、ガウンといった個人防護具(Personal Protective Equipments:略称「PPE」)を、その時々の状況に応じて選択し、使用することになります。
これらの個人防護具は、ウイルスや細菌を含む血液や体液を曝露して起こる感染から看護師さん等医療スタッフを守るうえで欠かせないものです。
ケアや処置に個人防護具を使用したら、それらの表面に付着している感染性のリスクが高い汚染を拡散させないために、患者の病室(エリア)から退室する前に、その場で取り外し、即ビニール袋に密封するなどして破棄する必要があります。
患者の周辺環境を汚染させない
ところが、医師や看護師さんが、ガウンなどの個人防護用具を患者の病室前の廊下で外しているところを、取材で訪れた医療機関で、何度か目撃しています。
なかには、患者の病室前の廊下に、室内での使用に備えてでしょう。個人防護具が積み重ねて置いてあるのを目にしたこともあります。
患者の周辺環境を感染源で汚染させないためにも、手袋やガウン、エプロンといった個人防護具の取り扱いにはことさら慎重でありたいものです。
呼吸器症状のある患者に
咳エチケットの実施を促す
新型コロナウイルス感染症は、中国における流行の始まりから、わずか数カ月ほどの間に「パンデミック」と言われる世界的な大流行となり、7月に予定されている東京オリンピック・パラリンピックも開催が延期される見通しとなっています。
(3月24夜、安倍晋三首相は国際オリンピック委員会のバッハ会長と電話で会談し、1年程度延期することで合意した旨、公表しています)。
わが国では早い時期から、一人ひとりの手洗いと咳エチケットなどの実施が感染拡大を防ぐうえで重要であることが、国民に向け広くアピールされてきました。
ところが、毎年寒さとともに流行が始まるインフルエンザ対策の一つとして、すでに広く周知されているはずの「咳エチケット」が正しく理解されていないために、マスクを過信する風潮のあることに懸念をもたれた方が多いのではないでしょうか。
標準予防策に盛り込まれている対策は、そのほとんどが医療スタッフ自らが実施すべき予防策です。ただ1点だけ、患者に実施を求める対策が盛り込まれています。
それが「呼吸器衛生としての咳エチケットの実施」です。
標準予防策では、呼吸器感染症の院内感染防止、さらには医療機関が流行拡大の拠点となることを防ぐために、呼吸器感染の兆候が見られる患者に対し以下の実施と理解を求めることを記載したポスターを作成し、外来や病院入り口に掲示するよう求めています。
⑴ 咳やくしゃみをするときは、マスクやティッシュペーパーなどで口と鼻を覆う
⑵ 咳などをする際に口や鼻を覆うのは、咳などに含まれる病原菌の拡散を防ぐためである
⑶ 口と鼻を覆うのに使用したティッシュペーパーはすぐに捨てる
⑷ 痰などの呼吸器分泌物に触れた手指はすぐに消毒するなどして清潔にする
⑸ 可能な限りサージカルマスクを着用する
⑹ マスク等の正しい着用手順などを明記する
咳エチケットは呼吸器感染症の流行期だけでなく通年実施を
上記の呼吸器衛生としての咳エチケットは、インフルエンザや風邪など呼吸器感染症の流行期のみ実施すればいいと考えがちではないでしょうか。
しかし、流行している時期だけでなく一年を通し、標準予防策として、呼吸器症状がある患者、および付き添いの家族などにも実施を促していく必要があります。
同時に、マスクをしているからウイルスなどの感染は受けないだろうとマスクの効用を過信している人には、その誤解を解くように働きかける必要もあるでしょう。
なお、咳エチケットとしてのマスクの着用方法について指導する際には、巷で目立っている「鼻出しマスク」「顎マスク」についても、是非注意喚起を!!
参考資料:厚生労働省「標準的な感染予防策」
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/hourei/dl/070508-5_0002.pdf