「性同一性障害」の診断名が「性別不合」へ




2人でお茶

WHOが「国際疾病分類」改訂で
性同一性障害を「精神障害」から除外

この5月(2019年)、スイスのジュネーブで国連(UN)加盟国が集結して開かれた世界保健機関(WHO)総会において、1990年以来約30年ぶりの改訂となる「国際疾病分類」の第11回改訂版(ICD-11)が承認されました。

この「国際疾病分類」が実は、「近代看護の生みの親」として世界的に知られるフローレンス・ナイチンゲールが、クリミア戦争から帰国後の1860年、国際統計会議において疾病の統計調査の実施を提案したことに端を発していることはご存知でしょうか。

「近代看護の母」として知られるナイチンゲールだが、実は統計学領域でも優秀な先駆者だったことが、厚労省の不正統計問題に絡み、改めてクローズアップされている。あのクリミアの戦地における活躍一つ見ても、看護研究が国を動かすこともあり得るのだと……。

さて、今回の改訂版で世界的に注目を集めている一件があります。
それは、「性同一性障害」がこれまでの「精神障害」の分類から除外され、「性別不合」として、新たに「性の健康に関する状態」の分類に加えられたことです。
この改訂は、2020年の1月1日から効力を発することになります。

新たな診断名となった「性別不合(gender incongruence)」をWHOは、
「(社会的・心理的に)本人が経験している性(ジェンダー)と、(出生時に生物学的に)割り当てられた性別(セックス)の間での、明らかかつ持続的な不一致」
と定義しています。

ちなみに、アメリカ精神医学会の「精神疾患の分類と診断の手引(DSM)」では、すでに2013年に改訂された第5版(DSM-5)において、「性同一性障害」は「性別に違和感を感じている状態」であり「障害」には該当しないとして、「性別違和」に改められています。

自分の性別に違和感を感じている
性同一性障害者は4万6000人

性同一性障害が精神障害から除外された背景には、幼い頃から一貫して、自らの戸籍上の性別に対して違和感を覚え、反対の性になりたいと望みながら、あるいは男性にも女性にも当てはまらない性を感じながら生活している人たちが少なくないことが、医療現場のみならずさまざまな場面で明らかになってきたことがあるようです。

たとえば、日本労働組合連合会(通称「連合」)は、20歳から59歳の有職者1000人を対象にした調査(「LGBTに関する職場の意識調査」)*¹において、自分の性別に違和感を感じながら生活している人の割合が1.8%にのぼるとする結果を、2016年8月に発表しています。

また、NPO法人 性同一性障害支援機構はWEBサイト*²上で、北海道文教大学の池田官司(いけだひろし)教授らが2013年4月に発表した調査を提示しています。

それによると、札幌市内における性同一性障害者は2800人に1人であったとのこと。
この比率から、全国の性同一性障害者を推計すると、4万6000人になるとしています。

今回のICD-10からICD-11への変更に伴い、これまで性同一性障害という診断名のもとに、「病気」ないし「精神障害」という目で見られることに社会的にも精神的にも苦痛を感じてきた人たちが、その苦痛から少しでも解放されることにつながることが期待されます。

なお、生まれ持った身体の性とこころの性(性自認)が一致しない人を一般に「トランスジェンダー」と呼んでいますが、「トランスジェンダー」イコール「性同一性障害」ではありません。
トランスジェンダーの状態に苦痛を感じて病院を訪れ、こころの性に性別が一致するように治療を求めている人が性同一性障害者ということになります。

戸籍上の「性別」変更に関する
性同一性障害特例法の今後は

今回の「国際疾病分類」の改訂については、およそ1年前の2018年6月18日に行われたWHOの公表を受け、わが国においても、新しい疾病分類の翻訳など、全面的な適用に向けさまざまな作業が鋭意進められているところです。

制度面でいえば、性同一性障害の診断を受けた人については、2004年7月に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(通称「性同一性障害特例法」あるいは「性同一性障害者性別特例法」)が施行されています。

この法律は、外見と法律上(戸籍上)の性別が違うために入学や就職、住宅の賃貸、入国審査等の場面でトラブルになるなどの差別や偏見に苦しむ性同一性障害者たちの人権尊重を目的に、法令上の「性別」に特例を定めたものです。

前提として「性別適合手術」が必要

具体的には、2名以上の医師の診断を受けたうえで以下の5要件すべてを満たす人が、戸籍上の性別変更の申請を家庭裁判所に請求することができます。
1.20歳以上であること
2.現に結婚していないこと
3.現に未成年の子がいないこと
4.生殖腺がないことまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
5.その身体について変更したい性別の性器に近い外観を備えていること

上記要件の「4」と「5」を満たすためには、現段階では「性別適合手術」を受ける以外に方法はありません。
したがってこの特例法は、戸籍上の性別変更の条件として、性別適合手術を前提としているということになります。

この特例法の名称はともかく、今回の改訂を受けて内容自体がどのように変わっていくのかいまだ未知数ですが、性別適合手術やホルモン療法などの医療行為を受ける権利は引き続き保障されるものと期待されています。

MEMO
性同一性障害者の戸籍上の性別変更への流れ

戸籍性別変更を希望する性同一性障害者に行われる性別適合手術は、通常以下の流れで行われる。
■身体が女性、こころが男性の性同一性障害
 乳房切除術→男性ホルモン投与→子宮・卵巣摘出術など→戸籍変更→陰茎形成術
 男性ホルモン投与→乳房切除術→子宮・卵巣摘出術など→戸籍変更→陰茎形成術
■身体が男性、こころが女性の性同一性障害者
 女性ホルモン投与→精巣摘出・造膣術など→戸籍変更

性同一性障害の手術療法は、2018年4月より公的医療保険の適用となっているが、適用条件として、①一定の基準を満たす医療施設(認定施設)に限定すること、②日本精神神経学会のガイドラインに従って診療が行われること、③手術例を登録して、その安全性、有効性などを今後示すこと、などが課せられている。
また、先の治療の流れが示すように、手術療法の前にホルモン療法が行われることが多いが、このホルモン療法は保険適用外である。そのため、ホルモン療法の後に行われる手術療法は「混合診療」とみなされ、手術であっても保険適用から外れることになり、実際に保険適用となる手術療法は、男性ホルモンを投与する前の乳房切除術のみで、患者の多くは自費診療で治療を受けている。
(参考資料:岡山大学ホームページ・GID学会
参考資料*¹:日本労働組合連合会「LGBTに関する職場の意識調査」
https://www.jtuc-rengo.or.jp/info/chousa/data/20160825.pdf
参考資料*²:NPO法人 性同一性障害支援機構WEBサイト
特定非営利法人性同一性障害支援機構の公式Webサイトです。