小笠原文雄医師の 『なんとめでたいご臨終』




悲しみ

1000人以上を在宅で看取った
小笠原医師の「めでたい最期」演出法

訪問看護師として在宅医療に取り組んでいる方はもちろんでしょうが、在宅における看取りや緩和ケアに関心のある看護師さんも、日本在宅ホスピス協会の会長を務めておられる小笠原文雄医師のことは、たぶんご存知でしょう。

岐阜県岐阜市で開業され、訪問診療に取り組まれて25年余り、すでに1000人以上を在宅で看取られたとのこと。そのなかの50人以上は、年々増え続けている「ひとり暮らし」の方だったと聞きます。
しかも、日本人の死因のトップを占めるがんを病む患者に限って言えば、その在宅看取り率は、なんと95%になるとのことです。

小笠原医師のこうした実績にいち早く注目したのは、あのベストセラー本『おひとりさまの老後』の著者で社会学者の、上野千鶴子さんでした。
小笠原医師に67の質問をぶつけるかたちでまとめられた『上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』は、独身の、あるいは夫に先立たれてひとり暮らしをしているシニア世代の女性を中心に、大きな話題になったことを覚えています。

この国では、ひとり暮らしの高齢者がどんどん増え続けています。彼らにとって、「自らの人生をどう締めくくるか」「自宅で孤独死なんてことにならないためにはどうしたらいいのか」「ひとりで家で死ぬために医療はどんな手助けをしてくれるのか」といったことが、いかに避けがたく身に迫る問題であるかを、改めて痛感させられたものです。

あれから4年が過ぎたこの6月、今度は小笠原医師がご自身で新刊を出されました。
タイトルからして、文字どおりなんともユニークななんとめでたいご臨終(小学館)という単行本です。読んでみると、これまた類のない内容で大変な反響を巻き起こしているのです。

小笠原医師のモットーは
「最期まで家でほがらかに」

「人生の最期を自宅で過ごしたい」と望む人は、年々増加する一方です。
しかし、なんとも残念ですが、そのほとんどは、「介護してもらえる家族がいない」「自宅が狭くてゆっくり療養できる環境にない」「経済的に無理」などの理由から、やむなく病院で最期を迎えているのが大方の現状です。

それだけに、「最期を自宅で」の望みがかない、一緒の時間を過ごしてきた家族、あるいは友人の笑顔に見守られながら、見送られる側も笑顔で、穏やかに旅立っていくことができたとしたら、まさに本書のタイトル通り、「なんとめでたいご臨終」となるでしょう。

この本には、そんな「人生のめでたい最期」を迎えられた人たちがたくさん登場します。
しかもそれができたのは、特別なケースではありません。
入院中、主治医から余命が短いことを宣告されながらも退院してきた末期がんの患者も、認知症を患っている人も、おひとりさまでも、「誰だって、最期まで家で朗らかに生きられる」というのが、小笠原医師の信念となっているようです。

「めでたいご臨終」
演出の主役は訪問看護師

「笑顔のある最期」を演出する主役は訪問看護師さんだと、ぼくは思っています」
数年前、たまたま参加した東京近郊の地域住民を対象にした講演会で、小笠原医師がそう話しておられたことを、とても印象深く覚えています

その言葉を裏づけるように、本書には看取る側の訪問看護師さんと看取られる側の患者やその家族とのちょっとしたさりげないやりとりが随所に描かれています。
そして、そのいずれもが、まるで親子や長年の親友同士の会話を彷彿とさせるもので、そこにはこころの通い合いが確かにあることを感じさせられます。笑顔を交わし合えるような「めでたいご臨終」を演出する秘訣は、おそらくこの辺にあるのだろうと思いました。

一昨年逝去された小林麻央さんは、「住み慣れた家で最期まで家族と暮らしたい」と望み、それを実現されました。その日々の生活が彼女のブログを通して大々的に報道されたことも、少なからず影響しているのでしょう。退院支援を担当している看護師さんによれば、在宅死を望む患者がここにきて急増しているとのことです。
その在宅での看取りにキーパーソン役を期待される訪問看護師さんには、小笠原先生のこの本を是非読んでいただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。

病院での看取りでも
笑顔を交わし合う瞬間が

一方で、病院で最期を迎える患者にかかわっておられる看護師さんに、小笠原先生は、こんな疑問を投げかけておられます。
これも先の講演会で話されていたことですが、
「常に救命が最優先される病院では、看護師さんが時間をかけて患者や家族の話をじっくり聞くことはなかなか難しいのが現実です。そのような状況のなかで笑顔が生まれるような看取りをするのは無理ではないだろうか」と――。
これを聞いたときは、ちょっと反論したくなったものです。

たとえば都内の総合病院でリエゾン精神看護師として活動しておられる精神看護専門看護師の平井元子さんは、近著『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり 』(仲村書林)のなかで、「ユーモアとは、にもかかわらず笑うことである」というアルフォンス・デーケン氏の言葉を紹介して、日常的なケア場面はいうまでもなく終末期のケアにおいても、ユーモアや笑いは意味があることを説いておられます。

何気ないやりとのなかで
「笑えるポイント」に気づく

そのうえで、平井さんご自身、患者や家族がいかなる状況にあっても、どこかでお互いが笑顔を交わせるような瞬間をつくることができたらと考えているとのこと。
とはいえ、それはあくまでも自然な話の流れのなかで笑い合えることを心がけているのであって、患者や家族に「笑ってもらう」ことを意識してかかわっているわけでない。話すことに集中していると、相手の話のなかにある「笑えるポイント」のようなものに気づくことで、結果的に「笑い合える」ことが多いように思う――。そんなふうに書いておられます(P.180-188)。

実際、病院で取材させていただくなかで、深刻な場面なのに、患者や家族とふっと微笑みを交わす看護師さんの姿を目撃することがよくありました。
それは、決して大声で笑い合うというものではなく、余裕のない硬い表情をしていた患者が看護師さんと一言二言言葉を交わすなかで、ふと納得したような表情をしてから静かに笑みを浮かべる、といったものでした。

そんなことを振り返ってみると、小笠原先生が言われる「なんとめでたいご臨終」は、病院においても可能なのではないかと思ったりしています。
終末期にある患者にかかわっておられる看護師さんはどう思われるでしょうか。