「糖尿病診療ガイドライン2019」の改訂ポイント

体重計

糖尿病食事療法では
「個別化」と「柔軟な対応」重視

わが国では、糖尿病患者と糖尿病の可能性を否定できない、いわゆる糖尿病予備群をトータルすると、その数は2000万人を優に超えると推定されています。

ご存知のように糖尿病には1型と2型があります。

インスリンの分泌不足による1型糖尿病にはインスリン治療が欠かせませんが、糖尿病患者の95%以上を占めるとされる2型糖尿病の治療の第一歩は食事療法です。

2019年9月に、日本糖尿病学会が3年ぶりに改訂した「糖尿病診療ガイドライン2019」では、この食事療法において、これまで用いてきた「標準体重」に代えて「目標体重」という新しい概念を取り入れています。

そのうえで新ガイドラインは、この目標体重や1日に必要なエネルギー量(総エネルギー摂取量)の設定においては、年齢や体組成、病態、身体活動量などの「患者が持つ多彩な条件に基づいて、個別化を図る必要がある」ことを指摘しています。

さらに、この個別化を図るためには、「患者個々の食習慣を尊重しながら、柔軟な対応をしなければならない」ことを強くアピール。

とりわけ糖尿病患者に最近増えている肥満患者や低体重・低栄養・フレイルの高リスク高齢患者に対して、より個別対応が可能となるように配慮された内容となっています。

高齢者の糖尿病は特異的

なお、全糖尿病患者の半数を占めるとされる高齢者の糖尿病では、「食後高血糖をきたしやすい」「低血糖症状が非典型的」などの特徴があります。

この点を重視した日本糖尿病学会と日本老年医学会は、高齢者の糖尿病に特化した診療ガイドラインを作成しています。

詳しくはこちらの記事を参照してください。

超高齢社会のわが国では、糖尿病患者の半数は高齢者と推定される。高齢者糖尿病では通常の合併症に加え、認知機能の低下なども影響し、そのかかわりには老年医学の知識が必須であり、高齢者の糖尿病に特化した診療ガイドラインが作成されている。そのポイントを紹介する。

1日の総エネルギー摂取量は
目標体重とエネルギー係数から

今回改訂されたガイドラインで食事療法に関することは、第3章にまとめられています。

その内容を見てみると、食事療法を開始する際に設定する「1日に必要な総エネルギー摂取量」については、その人の体重に見合うよう、体重と身体活動量に応じた係数をかけあわせて算出、設定するという基本的な方法自体は、従来どおりです。

「標準体重」改め「目標体重」に

しかし、この「体重」について新ガイドラインは、次の2点の重要性を強調しています。

  1. 体重は患者の年齢、病態等によって異なることを考慮し、個別化を図る
  2. 病態、年齢、体組成、患者のアドヒアランスや代謝状態の変化を踏まえ、適宜変更する

そのうえで、これまで用いてきた「標準体重」に代えて、年齢に応じて定めた「目標体重」を用いることに変更しています。

ここでいう「アドヒアランス」とは、患者が治療計画の決定に積極的に参加し、決定したセルフケア行動を主体的に遂行する姿勢のこと。

アドヒアランスの低下は、治療効果の低下につながるとして、重視されています。

年齢に応じた目標体重の算出式は以下のようになります。

目標体重(㎏)の目安*¹
65歳未満  :[身長(m)]²×22
65歳~74歳  :[身長(m)]²×22~25
75歳以上  :[身長(m)]²×22~25
(75歳以上の後期高齢者では、現体重に基づき、フレイル、ADL低下、併発症、体組成、身長の短縮、摂食状況や代謝状態の評価を踏まえて、適宜判断する)

身体活動レベルと病態による「係数」

また、これまで1日に必要な総摂取エネルギー量を算出する際に、標準体重とかけあわせて用いてきた身体活動量という「係数」も、変更となります。

新ガイドラインでは、以下の3段階から成る「身体活動レベルと病態によるエネルギー係数」へと変更されています。

身体活動レベルと病態によるエネルギー係数(Kcal/㎏)*¹
①軽い労作(大部分が坐位の静的活動)         :25~30
②普通の労作(坐位中心だが通勤・家事、軽い運動を含む):30~35
③重い労作(力仕事、活発な運動習慣がある)      :35~
(高齢者のフレイル予防では身体活動レベルよりも大きい係数を、肥満で減量を図る場合には身体活動レベルより小さい係数を、それぞれ設定できる。いずれにおいても目標体重と現体重の間に乖離がある場合は、上記を参考に柔軟に係数を設定する)

糖尿病食の栄養素摂取比率も
個別化と柔軟な対応が必要

糖尿病食に関しては、1日に必要な総エネルギー摂取量と並び、食事の栄養バランス、つまり「栄養素摂取比率」もよく課題となります。

この栄養素摂取比率について新ガイドラインは、「これを設定するだけの明確なエビデンスはない」としています。

そのうえで、身体活動状況や併発症の状態、年齢、嗜好といった「患者が持つ多彩な条件に基づいて」適宜、柔軟に対応し、「個別化を図る必要がある」としています。

具体的には、健康人を対象にした「日本人の食事摂取基準 2020年版」で成人の基準とされている「炭水化物を50~60%エネルギー、たんぱく質20%エネルギー以下、残りを脂質とする」を一定の目安とすることをすすめているわけです。

「脂質」は「脂肪酸の構成」に配慮を

加えて、特に「脂質」については、以下の注意を促しています。

  • 動物性食品や乳製品に多く含まれ、摂りすぎると血中コレステロール濃度を上昇させる「飽和脂肪酸」の比率は7%以下に抑えること
  • 脂質の摂取比率が25%を超える場合は、植物油や魚類に多く含まれ、血中コレステロール濃度を低下させる「多価不飽和脂肪酸」を増やすなど、脂肪酸の構成に留意すること

食事療法は、継続して実行できなければ意味をなしません。

この点を重視して新ガイドラインは、継続するためには、「個々の食習慣を尊重しながら、柔軟な対応をしなければならない」とし、ここでも「柔軟な対応」の大切さを指摘しています。

「炭水化物」のみを極端に制限しない

また、「糖質ゼロ」とか「糖質カット」といった言葉に象徴されるように、最近なにかと話題にのぼる糖尿病における「炭水化物」の至適摂取量についても言及しています。

新ガイドラインは、身体活動量やインスリン作用の良否など、他の条件を考慮することなく目標量を単純に設定することは困難であるとし、「柔軟な対応をしてもよい」としています。

ただし、特に肥満タイプの糖尿病患者が陥りがちな、総エネルギー摂取量を制限することなく炭水化物のみを極端に制限して減量を図ることは、食事療法そのものの目的から逸脱しているうえに、安全面からもリスクが高いことから、「現時点ではすすめられない」としています。

糖尿病患者指導に活用したい「療養指導ツール」

なお、国立国際医療研究センター糖尿病センターに勤務する日本糖尿病療養指導士らは、糖尿病の患者指導用パンフレット「療養指導ツール」をまとめ、公表しています。

詳しくはこちらの記事を読んでみてください。

糖尿病は患者もしくは予備軍が多い。加えて合併症が多岐に及ぶため、診療科の別なくあらゆる現場で糖尿病に関する知識が求められる。患者からの思わぬ質問にも的確に対応できるようにと、日本糖尿病療養指導士による指導用パンフレット「療養指導ツール」を紹介する。

紹介してきた「糖尿病診療ガイドライン2019」は、全文が日本糖尿病学会のウエブサイト(http://www.jds.or.jp/)に公開されています。

また、書籍『糖尿病診療ガイドライン2019』も刊行されていますので、詳細をチェックしてみてください。

「糖尿病」の名称変更に向けた動き

糖尿病については、病名から受けるマイナスイメージによって患者が偏見を受けやすいという問題があり、病名変更に向けた検討が進んでいます。詳しくはこちらを。

「糖尿病」という名称に患者の9割が抵抗感や不快感を抱いていることが患者対象の調査で明らかになった。スティグマ(偏見や差別)につながりかねず、治療開始の遅延や中断を避けるためにも日糖協は名称変更に向け動き出した。
2020年2月以降パンデミック(世界的大流行)になっているCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)と糖尿病の関係については、こちらの記事を参照してください。
→ 糖尿病患者にCOVID-19について伝えたいこと