認知症看護に患者の意思を反映していますか




認知症患者の意思

領域の別なく
認知症看護が求められる

国内の認知症患者の数は、現時点ですでに500万人に達しており、団塊の世代と呼ばれる人たちが75歳以上になる8年後の2025年には、700万人を優に超えると推計されています。
看護師さんにとっては、急性期、慢性期に関係なく、また病院やクリニック、介護保健施設、在宅のいずれにおいても、診療科の別なく認知症看護が欠かせない時代にすでに入っているといえるのではないでしょうか。

ところで、今や医療においては「患者本人の意思を尊重する」ことが当然のこととして求められています。認知症看護においても、その基本ルールは決しておざなりにしてはならないわけですが、看護師のあなたは認知症患者の意思決定ということを日々どのように受け止め、支援しておられるでしょうか。

来る4月26日~29日、京都市において世界中から認知症の専門家や当事者らが集まる「国際アルツハイマー病協会国際会議」の第32回会議が開催されます。内外合わせて数千人の参加者が見込まれています。これを機に、「認知症患者本人の意思決定支援」ということを少し考えていただけたらとの思いから、以下アトランダムに書いてみたいと思います。

患者が語る「認知症体験」から
意思決定支援のヒントを

認知症に関する専門的な学会や研究会は、昨今いたるところで頻繁に開催されています。その数あるなかで、今回開催される国際会議を私がここで取り上げるのには理由があります。
それは、この国際会議では、これまで毎回のように数多くの認知症患者が演台に立ち、とても貴重な情報を、自身の言葉で発信してきているからです。

その象徴といえるのが、13年前の2004年10月に、やはり京都市で開催された第20回会議です。といっても私はその場にいたわけではなく、後になって医学系の雑誌記事で知ったのですが、その会議で行われた認知症の日本人男性(当時57歳)による講演は、とても印象深いものでした。

私の取材ファイルに収められているその記事によれば、『もう一度働きたい』と題して認知症体験を語るなかでこの男性は、「この病気は物忘れだけです。ほかは、何ともありません。いろいろなことができます。考えることもできます」と話しています。
そのうえで、「あきらめずに生きていけるように、安心して普通に暮らしていけるように手助けをしてください」と訴えているのです。

「痴呆」から「認知症」への変更は
認知症者の発言がきっかけだった

そのころの日本では「認知症」ではなく「痴呆」という呼称が長く使われていました。ところがこの会議の数年前から、「痴呆」という呼び方を疑問視する声が、認知症の専門家や患者の間で少しずつ聞かれるようになっていました。

そもそも「痴呆」の病態の本質は、物事を認知する能力が低下することにより、「今までできていたのにできなくなる」ことが多くなり、社会生活や職業上の機能に支障をきたす状態です。
こうした状態は、「痴呆」という言葉から受ける「何もかもわからなくなってしまう」というイメージとは異なるものだ、という考えからくる疑問でした。

そんななか、上記の国際会議における認知症患者の発言が人びとの関心を集めたこともあり、その年の12月には、名称変更について議論を重ねてきた国の検討会が、「認知症」という呼称に切り替えるとする報告書をまとめています。早い話が「痴呆」から「認知症」への呼称変更の流れを加速させたのは、認知症患者の発言だったということです。

以来、認知症そのものやそのケアに関する研究は急速に進歩し、いろいろなことがわかってきています。それらの知見をもとに、認知症看護についても、当事者への対応の方法や声のトーンなどコミュニケーションのとり方に関するマニュアル本が数多く出回っています。
それはそれなりに活用するとして、やはりかかわりの基本に置くべきは「本人の意思決定支援」であり、その決定された「意思の尊重」であることを、改めて認識する必要があると思うのですが、いかがでしょうか。

普通の人と同じようにかかわるなかで
意思決定支援を進める

そこで当然ながら、では認知症患者の意思はどのように確認したらいいのか、という話になります。待ったなしの多忙な現場にあっては、患者の救命や苦痛からの解放を優先せざるをえないのが現実。患者の意向を汲んでかかわりたいとの気持ちはあっても、実際にはそれができないというジレンマに苦しんでおられる看護師さんも少なくないと聞きます。

そんなジレンマから抜き出すとっかかりとして、認知症看護認定看護師の上野優美さんは、近著『急性期にある認知症高齢者―安心・安全を届けるかかわり 』(仲村書林)のなかで、世界で初めて自らの認知症体験を公の場で語ったオーストラリア女性の活動を紹介。
そのうえで、認知症患者が生きている世界を知る努力を重ねることで、患者理解を深めていくことを提案しています。

冒頭で紹介している国際会議は、その最たる機会でしょう。
加えて最近は、多くの認知症当事者が書籍として、あるいはネット上などで情報発信をしていますから、折に触れてそれらに目を通していると、彼らが何に不安を感じ、どのようなことを心配しているのか、日々の生活でどんなことに困っているのかが漠然とながらもわかってくるものです。

その理解に立ち、目の前の認知症患者を「何もかもわからなくなっている人」ではなく、「できなくなっていることがあって困っている人」として受け止め、極力普通の人と同じようにかかわっていると、自ずとこころが通じ合ってくるものだ、と――。
その過程において、認知症のその人が何を望んでいるのか、どうしてほしいと思っているのかがおのずとわかり、「患者の意思の尊重」ということに近づくことができると、上野さんは記しています。

なお、「健康と病の語りディペックスジャパン」のメンバーがインタビューを通じて得られた認知症者と家族の体験をまとめた『認知症の語り ―本人と家族による200のエピソード』(日本看護協会出版会)も、認知症の当事者が体験している世界を知ってかかわっていくうえで大変参考になるはずです。