「透析中止の選択」をめぐる報道にあなたは?




ハンドシェイク

「透析中止」を選択した
患者の意思は尊重したいが……

「もしその場に自分がいたらどうしただろうかと、考えさせられる」
「患者さんには自分に最適と思える選択をしてもらいたいし、その選択は尊重したいと思う。だから、その意思を固めるまでの過程で、自分だったら何ができただろうかと考えているのですが……。病状や透析治療の経緯、なによりも患者さん側と医療者側とのこの件に関するやりとりの詳細がわからないだけに、簡単に問題だとは言えないですよね」

東京の公立病院で、医師から透析治療の継続と治療中止の2つの選択肢を提示され、「透析中止」の選択をした腎臓病の女性患者が、中止から約1週間後に死亡していたことをめぐり、3月7日の毎日新聞を皮切りに、メディアが連日、大々的にこの件を報道しています。

この報道に対する医療現場にいる看護師さんの受け止めは果たしてどうなのか、日頃から懇意にしている数人に電話やメールで正直な思いを聞いてみました。
すると、ほとんどの答えが上記のようなものでした。

「透析中止」の意思を尊重した
医師の行為に「非倫理的」の声が

今回の一連の報道を見聞きして私が驚いたのは、透析を中止してさほど日を置かずに患者が死亡したことではありません。また、担当医が「透析を中止する」ことを選択肢の一つとして患者に提示したことでもありません。

透析を「中止する」選択をした患者の意思を尊重して担当医がとった行為に対し、「医師として非倫理的ではないか」との声が上がり、この病院を監督する立場にある東京都が、医療法に基づく立ち入り検査を行ったと報じている点に少々驚きを感じました。

「非倫理的ではないか」とする理由として、「患者は44歳とまだ若かった」「終末期ではない患者に治療を中止する選択肢を提示している」「透析中止を選択した患者の意思が、その後変わったのにその意思を尊重しなかった」「透析中止の判断に病院の倫理委員会が介入していなかった」ことなどがあげられているのですが……。

透析など延命治療の中止は
厳しい約束事の遵守が条件

透析治療は、胃瘻(いろう)や輸液などによる人工栄養や人工呼吸器にによる生命維持療法などと同様、その治療を継続しなければ死につながるものの、治療を継続していれば生き続けることができることから、延命治療の一つと考えられています。

これらの延命治療についてわが国では、2007年に厚生労働省が公表した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(2018年3月の改訂に伴い「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に名称変更)において、厳しい約束事を遵守したうえで治療を中止することが初めて公的に認められました。

これを受け日本透析医学会は2014年に、終末期(人生の最終段階)に透析治療を開始しない、あるいは継続しないとの意思決定をする際の手続きに関するガイドラインとして、「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」をまとめ、公表しています。

「透析中止」に至るプロセスを
日本透析医学会が調査の意向

この提言では、患者自らが現在受けている透析治療を継続するか否かについて自己決定する際には、患者の病状をよく理解している担当医を含む医療チームが、家族の同席のもとに、治療継続の必要性、さらには透析治療の継続を見合わせるとどのような状態になると予測されるのかについても、具体的に説明することを求めています。

そのうえで「患者の意思決定を尊重する」としながらも、その意思決定が「透析治療の中止」だった場合は、「透析の必要性を説得する」「患者の体調が改善したり、意思決定を変えた場合は、状況に応じて治療を再開する」ことなども求めています。

今回の透析中止が、この基準に適うものであったかどうか――。
報道を受けて日本透析医学会は、毎日新聞が第一報を伝えた当日(3月7日)、学会のホームページにおいて、理事長名で以下の方針を公表しています。

毎日新聞の記事に対する 日本透析医学会の方針
今回の毎日新聞に掲載された件については、日本透析医学会としても大変に重要な案件と考えています。
日本透析医学会は本日直ちに調査委員会を立ち上げました。今後、病院への立ち入り調査を含めて、本件に関する調査を行います。またその報告に基づき外部委員を入れた倫理委員会で審議していく方針です。
そのうえで正式な見解を報告させて頂きます。あわせて、2014年に発表された「維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言」に関しても学術委員会、倫理委員会を中心に検討するよう指示をしております。(引用元:日本透析医学会ホームページ

透析治療を続けている患者は、2017年時点で全国に約33万人いるとのこと。曖昧な報道や伝聞で患者の不安を煽ることのないように配慮しつつ、学会による見解の表明を待ちたいと思います。

「透析中止」をめぐる報道を糧に
ACPの新たな一歩を

医療の進歩によりさまざまな延命治療が可能となり、私たちはこれまでにも増して長く生きることができるようになりました。
一方で、自分にとっては不本意なかたちで生き続けるケースも増えてきています。

できれば延命治療によって生かされ続けるのではなく、自分の人生の最終章は自分なりに納得のいくかたちで生き、締めくくりたいと考えたとき、受ける医療やケアは、自分の意思で選択したいと思うのではないでしょうか。

そこで、本人の意思に沿った医療・ケアを、たとえば終末期になり自己決定能力が低下しているような場合でも実現できるようにとの狙いから、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)という取り組みが、国を挙げて始まっています。

この取り組みが広く国民に認知されて普及していくことを願い、厚生労働省は昨年(2018年)11月、ACPの愛称を募り、現役看護師が提案した「人生会議」に決定したことは、先の記事で紹介したとおりです。⇒ACPの愛称決まる 名付け親は現役看護師

患者の気持ちは揺れ動くもの

今回の「透析中止」をめぐる報道は、このACPの実践には患者・家族のみならず医療者サイドにも、相当の覚悟と備えが必要であることを提示しているように思うのですが、いかがでしょう。

ACPの最大のポイントは、日常的には極めて不慣れな医療やケアの一つひとつについて、自分はこの治療・ケアを受けたいか、あるいは受けたくないかについて患者自らが意思決定することを求めている点にあります。
不慣れな事柄だけに、医師をはじめとする医療者サイドには、患者が正しい理解のもとに自分の価値観とか「自分らしさ」に合った最善の意思決定ができるように、さまざまな角度から、時間をかけて丁寧な説明を繰り返し行うことが求められます。

あくまでも報道によればですが、今回の患者がそうであったように、人の気持ち、とりわけつらい症状を抱える患者の気持ちは大きく揺れ動くものです。
この気持ちの揺れ動きにも対応して、患者との話し合いを繰り返し行うことが医療者には求められるわけですが、果たして多忙を極める医療者にしてこの話し合いの時間をどう捻出していくのか――。

課題は少なくありません。だからと怯むことなく、今回の一件を「患者から人工呼吸器の停止を求められたら……」「透析ではなく人工栄養だったら」など、身近な治療やケアに置き換えて看護チームで語り合い、ACPの次の一歩に是非生かしていただけたらと願っています。

なお、透析治療の選択については、一般向けにこちらの記事を書いています。
ACPにおける意思決定支援の参考にしていただけたら幸いです。
透析療法を受けるかどうかを事前に考える
透析療法を受けている方は事前指示書の作成を