コロナ禍の今だからこそ
「取り組みたいこと」「避けたいこと」
公益社団法人「認知症の人と家族の会」をご存知でしょうか。
京都市に本部を、全国47都道府県に支部を置く、認知症当事者やその介護家族、および専門職のスタッフなどで構成される全国組織のセルフヘルプ(自助)グループです。
多くの看護職が全国の支部などで、電話相談をはじめとするさまざまな活動にボランティアとして参加し、会の活動を支援していると聞きます。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、同会は、感染対策として生活のあらゆる局面で自粛が求められるこの難局を何とか乗り切っていこうと、認知症者を支えながら共に生きている介護家族や専門職、そして認知症当事者に向けたメッセージをWebサイト上で公表しています*¹。
新型コロナウイルスの感染拡大を極力阻止しようと、政府が提唱している「新しい生活様式」では、外出を控えることや人との接触を減らすことが奨励されています。
この、社会的交流を減らすことを余儀なくされる生活様式は、特に認知症者の介護を一手に引き受けている介護家族にあっては、ともすると介護疲れが積み重なり、心身ともに疲れ切って、「燃え尽き症候群」のような状態を招きかねません。
こうした事態に陥らないためにも、認知症者とかかわるすべての方に、この時期だからこそ「取り組みたいこと」と「避けたいこと」がそれぞれメッセージとしてまとめられています。
認知症者の介護や看護で
社会的に孤立しない
Webサイトで紹介されているメッセージは、同会が加盟する国際アルツハイマー病協会(Alzheimer’s Disease International;ADI)が作成した資料をもとに、会の国際交流専門委員会が日本語に意訳(翻訳、編集)したものです。
そこではまず、「認知症の人を介護している方へ」へのメッセージとして、以下の5点を「やってみよう」と奨励しています。
- 電話やビデオ通話等を活用して親しい人と定期的に連絡を取り合い、社会的孤立を防ぐ
- (感染対策の基本としての)手洗いを忘れないよう、家のあちこちに「手を洗いましょう」などと書いた貼り紙をしておく
- 定期的に運動することを心がける
ただし、やりすぎないように、体調と相談しながら無理をしない範囲で行う - コロナ禍以前から「毎日の日課」として行ってきたことはできるだけ続ける
- コロナ関連のニュースを見たり読んだりすることは、1日1、2回までとする
コロナ関連の情報で精神的に疲れない
このうち「5」にある「ニュースを見たり読んだりするのを制限する」ことについては、「なぜかしら」と疑問を感じる方も少なくないと思います。
おそらくは、次のような意味が込められているのではないかと推察されます。
コロナ禍の渦中にある現在、繰り返し報じられるその日の新規感染者数やクラスター(感染者集団)の発生状況、さらには重症者や死亡者の数などを逐一チェックしていると、誰もがつい暗い気持ちになり、精神的に疲れ切ってしまいます。
だから、自身のメンタルケアのためにも、こうした類の情報に触れて一喜一憂するのは「極力避けるようにしましょう」というわけです。
認知症者に手洗い等の
感染対策を強要しない
一方で、認知症者を介護している家族や専門スタッフに向けて「避けましょう」と呼び掛けているのは、以下の4点です。
- (感染対策上必要とは言え)認知症者を脅かすような言葉、たとえば「手を洗わないと感染するから」と半ば脅しで手洗いを強要したり、無理やり人との距離(フィジカルディスタンス)をとらせるようなことは避ける
- (新型コロナウイルスの感染状況などに関して)必要以上のニュースやメディアからの情報(映像を含む)に認知症者が接しないようにする
- 外出自粛により、いつもより日中の在宅時間が長くなるが、夜間の睡眠を妨げる可能性のある予定外の昼寝や長時間の睡眠を避ける
- 認知症者はいつもと違う状況に直面すると、突然精神的に混乱したり動揺したりすることがある。そのようなときに介護者サイドも一緒になって動揺しないように心がける
身体的距離は保ちつつも
社会的距離はとり過ぎない
感染対策の基本の1つとして、人との距離を最低でも1.5m、できれば2m保つことについては、今回のコロナ禍が始まった当初は、「ソーシャルディスタンス(social distance)」という表現が、広く使われていました。
現在もほとんどおうむがえしのようにこの表現を使っている方が多いように思います。
ところが、この「ソーシャルディスタンス」については、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長が、6月21日(2020年)の会見で、「フィジカルディスタンス(physical distance)」という表現に変えることを奨励する旨の発言をしています。
日本語で言えば、「社会的距離」から「物理的距離」あるいは「身体的距離」に切り替えるということになります。
この提案の背景には、WHOとしてのこんな考えがあるようです。
「社会的距離をとって他人と疎遠になることをすすめているわけではない。社会的孤立を防ぐためにも人とのつながりは維持してほしいが、感染予防のためには物理的(身体的)間隔を空けるということを引き続き励行してほしい」
社会的孤立を防ぐ言葉かけや触れ合い
もともと「ソーシャルディスタンス」という表現には、「人間の心理的距離」といった意味合いが込められています。
したがって、ソーシャルディスタンスを確保するということは、コロナ禍で問題になりがちな社会的孤立を高めることにもつながりかねないということです。
そこで、「ソーシャル」から「フィジカル」へと、より厳密な言葉づかいに改めて誤解が誤解のまま定着するのを避けようというわけです。
コロナ対策として3密を避けることが求められる現状にあって、近距離での言葉かけやタッチケア等の触れ合いが欠かせない認知症者とのかかわりを考えるうえで、身体的距離と心理的距離のバランスをどうとっていくかは重要なポイントと言えそうです。
なお、認知症者当事者に向けたメッセージもほぼ同じで、
▪コロナ禍に入る前に続けていた日課をできる限り続けること
▪親しい人と引き続き連絡を取り合うこと
▪「食べるときには手を洗おう」などと貼り紙をして、こまめな手洗いを忘れないこと
などを呼びかけています。
参考資料*¹:「認知症の人と家族の会」コロナを乗り切ろう、メッセージ