COVID-19対応における意思決定支援




患者の意思

COVID-19の患者になったら
人工呼吸器の装着を望むか

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の患者が、東京都や大阪府を中心に急増するのに伴い、重症者も増加の一途をたどっています。

「このままでは重症者対応に必要な集中治療室(ICU)のベッドが間に合わなくなる」
「人工呼吸器も人工心肺(ECMO;エクモ)も足りなくなってくる」
「人手不足で、患者対応にあたっている医師も看護師も疲弊しきっている」
といったことが、メディアで連日のように、繰り返し報じられています。

そんななかにあって、4月1日に開かれた「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の記者会見で、武藤香織さん(東京大学医科学研究所公共政策研究分野教授・医療社会学)は、
「自分が新型コロナウイルス感染症の患者になるということについて、まだ他人事と思っている方が、結構多いと思う」
と前置きしたうえで、国民に向けて次のように呼びかけました。

万が一重症化したときのことを話し合っておく

「自分がこの感染症の患者になることを想定して、万が一重症化したときに自分としてはどんな医療を受けたいか、たとえば人工呼吸器の装着をどうするのかといったことを、タブーなく家族や身近な人と話し合っておいてほしい」――と。

そう言えば、未知のウイルスによる新興感染症COVID-19の登場以来、このところ盛り上がっていた「医療やケアを含め、もしものときのことを医師ら医療スタッフと本人、家族があらかじめ話し合っておく」というアドバンス・ケア・プランニング(ACP)、いわゆる「人生会議」の話はすっかり影を潜めてしまっています。

しかし、COVID-19の蔓延が懸念され、重症化して死亡する患者が増える一方の今だからこそ、ACPは真剣に取り組むべき課題であることに、武藤さんの提言で気づかされました。

人工呼吸器やECMO使用の
トリアージが必要になる事態も

会見の席で武藤さんは、続けてこう訴えました。
「人工呼吸器が不足したときの優先順位を医療者だけに決めさせるのは、あまりに酷な話です。自分なりのこころの備えをしておいていただきたい」

COVID-19に罹って自力での呼吸が難しくなり、呼吸不全に陥るような重症患者では、マスクによる酸素吸入だけでは呼吸困難や不整脈などの低酸素血症が改善されないこともあります。
そんなときは、人工呼吸器の装着、さらにはECMOの適応が検討されることになります。

現在国内には、人工呼吸器は約2万2000台、ECMOは約1400台あると聞きます。
感染者数や重症化率から考えても、現時点では十分余裕があると言っていいでしょう。

加えて政府は、技術力のある自動車メーカーなどにも協力を求め、人工呼吸器やECMOの増産を進めるなど、医療資源の確保に最大限の努力を払っています。

しかし、イタリアやスペイン、あるいは米国のニューヨーク州がすでに経験しているような爆発的な感染拡大、いわゆる「オーバーシュート」が国内でいったん起きてしまうと、人工呼吸器もECMOもあっという間に足りなくなることが予想されます。

人工呼吸器などの医療機器に加え、COVID-19患者に対応できる医療従事者も大きく制約されるような事態に陥ったとき、治療やケアの提供、とりわけ人工呼吸器やECMO使用のトリアージをどう行ったらいいのでしょうか――。

人工呼吸器使用のトリアージに
生命・倫理研究会が提言

このような倫理的判断が求められる難題については、生命倫理に関わる法律家や医師等でつくる「生命・倫理研究会」が3月31日、
「COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言」
を研究会のWEBサイトで公表しています*¹。

提言では、COVID-19の感染爆発といった非常事態により、人工呼吸器をはじめとする医療資源が不足するといった危機的状態に陥ったとしても、災害医療時などに常々やっているトリアージの概念を適用すべきだとして、その判断の基本原則を次のように記しています。

医学的適応と患者の意思尊重を原則に

「人工呼吸器の装着を含む医療行為を実施すべきか否かの判断は、医学的な適応と患者本人の意思に基づいて行うことが基本原則である。この原則は非常時においても尊重される」

この場合の、特に人工呼吸器装着に関する患者本人の意思確認について、提言は、ACPの一環として以下の方法で行うことが望ましいとしています。

⑴ COVID-19による肺炎を合併しているすべての患者に対して行う
⑵ 意思確認は、容態が悪化する前に行っておく
⑶ 人工呼吸器の装着が必要になったときの装着に対する本人の意向を確認しておく
⑷ 患者が自分で意思決定することが難しくなった際に、自らの意思を推定してもらえる、いわゆる代理人を確認しておく
⑸ 患者の意向として確認した内容は、家族や身内とも共有し、適正に記録しておく

人工呼吸器を取り外す可能性があることも説明

また、容態が悪化して、実際に人工呼吸器が必要な状態になった場合には、①現在の病状、②人工呼吸器装着の必要性、④人工呼吸器の装着以外にとり得る手段に加え、以下についてもきちんと説明し、そのうえで本人の意思を再確認することを推奨しています。

⑴ 人工呼吸器による治療を継続しても救命の可能性が極めて低い状態になった場合には人工呼吸器を取り外すこと
⑵ より救命の可能性が高い患者に使用するため、人工呼吸器を取り外す可能性があること
⑶ いかなる場合も、苦痛緩和のためのケアは最大限行われること
⑷ 今後意思決定する力が低下した場合に備え、人工呼吸器装着後に検討される可能性のある治療の変更について、自らの意思を推定する代理人を決めた方がいいこと

差し控えざるを得ない「効果が期待できない医療行為」

提言では、COVID-19が感染爆発するなどの非常事態にあっては、
「人工呼吸器などの不足している医療資源を使用して、効果が期待できない医療を行うことは差し控えざるを得ない」としています。

そのうえで、この「差し控えざるを得ない」医療行為として以下の3点をあげています。
⑴ 救命の可能性がきわめて低い状態の患者に対して、心停止時に心肺蘇生を行うこと
⑵ 救命の可能性がきわめて低い状態の患者に、人工呼吸器を装着すること
⑶ 人工呼吸器を装着後、救命の可能性がきわめて低い状態になった場合に人工呼吸器の装着を継続すること

人工呼吸器装着を差し控える
あるいは取り外した後のケア

人工呼吸器を装着すれば救命される可能性が高いと判断されるものの、患者本人が装着に同意しないこともあるでしょう。
その際には、本人の意思を尊重して人工呼吸器の装着を行わないのが原則です。

しかし、「はいそうですか。では人工呼吸器は使用しないことにしましょう」などと、すぐに了解するのではなく、人工呼吸器の必要性や、装着により病状が改善する可能性があることなどを再度説明して、同意を得る努力をしてみることを、提言は奨励しています。

一方で、本人が人工呼吸器の装着を望んでいるものの、使用は差し控える、あるいは装着している人工呼吸器を取り外すといった判断をせざるを得ない場合もあるでしょう。

その、人工呼吸器の装着を差し控えたり、装着していた人工呼吸器を取り外したりした後に、患者やその家族に行うべきケアとして、提言は以下の4点をあげています。
⑴ 患者の尊厳を尊重し、緩和ケアチームなどの協力を得ながら、苦痛の緩和を含む可能な限りの治療を継続する
⑵ 人工呼吸器の取り外しを誰が行うか、取り外す際に、万全の感染防止策を講じることを前提に家族らの同席を認めるか、取り外した後に一般病室への移動を行うか、取り外しの際の苦痛緩和の方法などについて、事前に医療・ケアチーム、あるいは病院としての方針を定めておく
⑶ 医療・ケアチームは、次の患者の生命を救うために人工呼吸器を取り外すことを受け入れた家族らの辛い気持ちを推し量り、可能であれば感謝の気持ちを直接伝える
⑷ 病院長は、倫理的葛藤を抱えながらCOVID-19診療の最前線に立つ医療・ケアチームのメンバーそれぞれが大きな心理的・身体的負担を抱えていることを理解し、精神科リエゾンチームらとともに適切なケアを行う

なお、⑷の精神面のケアについては、こちらの記事でWHO(世界保健機関)が3月18日に公表した「COVID-19アウトブレイク中のメンタルヘルスと心理社会的影響に関する検討事項暫定ガイダンス」のポイントを紹介しています。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者を救おうと日々奮闘する医療従事者に感謝の声があがっている。一方で、誹謗中傷する声もあり、医療従事者は心身ともに疲弊している。燃え尽きないためのサポートになればと考え、推奨されるメンタルケアを紹介する。

参考資料*¹:生命・医療倫理研究会「COVID-19の感染爆発時における人工呼吸器の配分を判断するプロセスについての提言」