新型コロナウイルスをめぐる
カタカナ語への疑問から
このところ新型コロナウイルス感染症をめぐり聞きなれないカタカナ語が飛び交っています。
メディアの方々が、言葉の真意を正しく理解しているのかどうか疑問無しとしませんが、いとも簡単に抵抗なく使っていることに、私としては「聞き手に伝わりにくいのに、なぜ日本語で伝えないのか」と、納得できない気持ちでいました。
そんなときタイミングよく、河野太郎防衛大臣が記者会見で、
「日本語で言えることをわざわざカタカナで言う必要があるのか」
「何を言っているのかわからないという声が少なくない」
と疑問を投げかけたそうです。
このことを取り上げた新聞記事を読んだときは、
「よくぞ言ってくれた」と胸のつかえが降りたような気がしたものです。
河野大臣はその後、わかりやすい日本語で表現するよう厚生労働省などに申し入れたそうですが、その後も依然としてカタカナ語が乱れ飛ぶ状況に変わりはありません。
感染症の専門家にとっては、日常的に使い慣れている言葉でしょうから、記者会見などでカタカナ語で表現されるのは、ある意味やむを得ないのかもしれません。
とは言え、現在私たちが闘っているのは、未知のウイルスによる全く新しい感染症です。
その脅威を馴染みのないカタカナ語で説明され、意味がわからないままにしていては、不安は膨らむばかり、時にはパニックになることも避けられません。
そこで今日は、新型コロナウイルス感染症に関連してよく使われるカタカナ語を日本語で表現するとどうなるのか、とり急ぎ整理しておきたいと思います。
急速な感染拡大を招く
「患者クラスター」
今回の新型コロナウイルス感染症に関連したカタカナ語で、最初に「えっ?」と疑問に感じたのは、「クラスター」でした。
政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が3月2日に発表した「新型コロナウイルス感染症対策の見解」のなかで、こんなふうに使われていました。
「屋内の閉鎖的な空間で、人と人が至近距離で、一定時間以上交わることによって、患者クラスターが発生する可能性が示唆されます。この患者クラスターが次のクラスターを生むことが、感染の急速な拡大を招くと考えられます」
英語の「クラスター(Cluster)」には、「集まり」とか「群れ」といった意味があります。
「患者クラスター」を耳慣れた日本語で言えば、感染者の集団、意訳すれば「集団感染」といったところでしょうか。
政府は4月7日に改正した「新型コロナウイルス感染症の基本的対処方針」のなかで「クラスター」を「患者間の関連が認められた集団」と説明しています。
厚生労働省の「クラスター対策班」とは
このクラスターという言葉は、「厚生労働省のクラスター対策斑の分析では……」といったかたちでもよく出てきます。
国内におけるこの先の感染拡大を最小限に抑えるためには、感染経路が追えている数人から十数人の患者集団、いわゆる「小規模患者クラスター」が次の患者集団を生み出すことを防止することが必須となります。
そこで、国内で集団感染(クラスター)が発生した際に、その地へ出向き、地域の自治体と連携して、集団感染発生の早期探知、専門家チームの派遣、データの収集分析と対応策の検討などを行うために厚生労働省内に設置されたのが「クラスター対策班」とのこと。
国内の感染症専門家で構成されているようです。
「オーバーシュートが、
発生するか否かの分かれ道」とは
「オーバーシュート(over shoot)」というカタカナ語もよく使われます。
記憶に新しいところでは、小池百合子東京都知事が3月23日の記者会見のなかで、
「オーバーシュートが発生するか否かの大変重要な分かれ道です」
とマスク姿で話していたのですが……。
文脈から押して、知事が感染拡大の危機感を都民に伝えようとしていることはわかる気がしますが、「感染の爆発的拡大」とか「感染者急増」とでも言ってくれた方が、より危機感が高まるような気がしないではありません。
一方、新型コロナウイルスに関連してこのカタカナ語が初めて使われたのは3月19日、政府の専門家会議が感染の現状分析結果と対策を発表した会見のなかだったと思います。
そのとき会見した当会議の尾身茂副座長は、感染拡大の続く国内の状況を、
「どこかの地域を発端としてオーバーシュート、つまり爆発的な感染拡大を伴う大流行につながりかねないと考えている」と説明しました。
政府の専門家会議が
「オーバーシュート」を定義
その後、「オーバーシュート」を一部のメディアが「医療崩壊」などと誤って伝えているのを受けてのことでしょう。
4月1日の会見で尾身茂副座長は、「オーバーシュート」をこう説明しています。
「オーバーシュートは、欧州や米国で見られるようにある地域における感染者の爆発的増加を示すが、(具体的には)2日ないし3日のうちに累積患者数が倍増し、しかもそのスピードが継続的に見られる状態を指すと私たちは定義した」
さらに、現状を「医療供給体制がひっ迫しつつある地域が出てきている」と説明。
そのうえで、こう訴えました。
「医療崩壊とオーバーシュートが同義語というふうに解される向きが一部にはあると思うが、実際には新感染者数が急増し、クラスター(集団)感染が頻繁に報告されている現状を考えれば、オーバーシュートの前に医療体制はひっ迫する。医療崩壊と言われる状況はオーバーシュートが起こる前に起きるんだ、と強調させていただきたい」
新型コロナウイルス関連で
最近よく聞くカタカナ語
新型コロナウイルス感染症をめぐりカタカナ語が多用される状況については、この言葉を初めて耳で聞いたり、目で見たときに「えっ、何のこと?」といったんは関心を持って受け止めるといった利点がある、との意見もあるようです。
しかし、新型コロナウイルスの感染を受けるリスクが高いのは高齢者です。
すぐにネットで検索することに不慣れな高齢者にとって、何のことかわからず、ただ困惑させられるだけで、感染対策を自ら納得して実施していくうえで必要な情報を正しく理解できないような状況はやはり好ましくありません。
専門用語や業界用語を一般化していくのは簡単ではありませんが、できるだけ使い慣れた日本語に置き変えて伝えるように心がけたいものです。
そのお役に立てばと思い、新型コロナウイルスに関連して使用されることの多い「クラスター」と「オーバーシュート」以外のカタカナ語をリストアップしておきます。
■アウトブレイク(outbreak)
医療機関や高齢者施設において、通常発生している頻度を超えて多剤耐性菌のような特定の微生物や感染症が発生した場合に「アウトブレイクが発生した」とか「院内感染がアウトブレイクした」などと表現している。
■エンデミック(endemic)
特定の地域などで、普段から継続的に病気が発生することを意味し、「風土病」あるいは「地方病」と表現することもある。マラリアやデング熱がこれに相当する。
■サイトカインストーム(cytokine storm)
免疫システムの暴走。本来「サイトカイン」と呼ばれるたんぱく質は、炎症などから身体を守るために細胞から分泌されるが、感染量が多すぎて炎症が多すぎると、その炎症を抑えようとサイトカインが過剰に産生され、ついにその働きを制御できなくなる。
結果、ウイルスに感染した細胞だけでなく正常な細胞・臓器まで攻撃し、発熱や倦怠感、凝固異常などが過剰に怒り、全身状態が悪化して死に至ることもある。
■スーパースプレッダー(super spreader)
多くの人への感染拡大の感染源となった感染者のこと。
1人から86人に感染を広げたケースも報告されている。スーパースプレッダーになるか否かは、その人の性質や体質によるものではなく、環境(バス、スポーツジム、クラブ、ライブハウスなど)によるところが大きいと考えられている。
■ソーシャルディスタンス(social distance)
感染を避けるために人と人とが一定の距離(2m)をあける「社会的距離」あるいは「社会距離」と説明されることが多い。政府の専門家会議は「新しい生活様式」のなかで、「身体的距離」とも説明している。「ソーシャルディスタンシング」と表現することもある。
■パンデミック(Pandemic)
国境をまたいで世界中に感染が拡大する可能性のある病気が、制御不能で大規模に流行している状態を意味し、「感染症の世界的な流行」と訳されることが多い
■フィジカルディスタンス(physical distance)
ソーシャルディスタンスと同義語と考えていい。ただし、ソーシャルディスタンスには「人と距離を置く」、つまり人と疎遠になることを奨励しているかの理解が一部にあることを受け、WHOが「人と疎遠になれと言うことではなく、感染予防のために物理的(身体的)な距離を確保してほしい」との意味を込めて、「フィジカルディスタンス」を使うようになった。
■フェーズ(Phase)
「局面」とか「段階」を意味し、医療分野では病状や流行の警戒段階を「フェーズが上がる」「フェーズが下がる」と表現している。
■リンク(link)
「つながり」「くさり」を意味し、インターネット上では、「リンクを貼る」といった使われ方をしているが、感染症に関連しては感染をつなげる「感染源」との意味でつかわれる。
■ロックダウン(lockdown)
「封鎖」を意味し、新型コロナウイルスのような感染症による緊急事態に、感染拡大を阻止するために人の移動を制限することも「ロックダウン」と呼ぶ。
今回は「都市封鎖」の意味で使われることが多い。
医療分野には、カタカナ語同様に略語も多く、カルテを見たり、医師との会話において迷うことも多いのではないでしょうか。
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