クルーズ船乗客に薬がなかなか届かなかった理由




世界地図

批判が多いクルーズ船内の
新型コロナウイルス感染対策だが

一昨日来、新型コロナウイルスが集団発生した大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」号における感染対策をめぐり、国の内外でさまざまに物議を醸しています。
残念ながら、概して批判的な声が多いようですが……。

仕掛け人(?)の岩田健太郎医師(神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野・教授)がインターネット上で公開した動画(日本語版はその日のうちに自ら削除されたようですが、英語版は2月21日時点でもまだ残されたまま)の内容には、クルーズ船内で実際に起きていたことといくつもの齟齬(そご)やズレがあったようです。

そのあたりの正確な話は、岩田医師の動画に「厚生労働省の某人」として登場する高山義浩医師(感染症・公衆衛生がご専門。厚生労働省医政局などを経て、現在は沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科、新型コロナウイルス感染症対策では厚生労働省の技術参与として活動中)がご自身のSNS(face book2月19日22:20)できわめて詳細かつ具体的に書いておられますので、関心のある方は是非読んでみてください。

日本国内ではないクルーズ船内では
感染対策も薬の手配も容易ではない

そのなかで高山医師は、約3700人の乗員・乗客(高齢者が多い)において新興感染症が発生した船舶内で、「DMAT*のみならず、厚労省も、自衛隊も、何より船長をはじめとした船会社など、多くの意思決定プロセスがある」という現場における感染対策は、国内の医療機関における感染対策と異なり、「極めて難しくて複雑なのです」と書いておられます。

*DMATとは
Disaster Medical Assistance Team(災害医療支援チーム)のこと。
「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」と定義されている。
医師1名に看護師、業務調査員(救命救急士、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、臨床工学士、医療事務員)など、最大5名がチームを組んで活動する。

チームメンバーは、平時は国が指定した「災害拠点病院(2018年4月1日時点で全国に731病院)*¹」に勤務し、大規模災害や多傷病者などが発生した事故などの現場に出向き、48時間以内から活動する。

高山医師の「国内の医療機関における感染対策と異なり」との指摘を読んで、「そうだった」と気づかされたことがあります。

隔離状態にあるクルーズ船内の、数多くの乗客から、「持病の薬」のストックが残り少ないからと、補充を求めるSOSが連日のようにメディアで報じられたことがありました。

この件について私は、なぜすぐに手配して渡せないのか、といった主旨のことを記事に書きましたが、この指摘はあまりに短絡的で浅はかに過ぎました。
関係者の皆様に心からお詫びしたいと思います。

大型クルーズ船は、日本の横浜港に一時的に停泊はしているものの、乗客も船員も日本への入国手続きも検疫も終わっていたわけではありません。
つまり「船舶内は外国なのだ」ということを、すっかり失念していました。

外国ですから、仮に船舶内にいる日本人の乗客に薬を届けるにしても、国内でやり取りするようなわけにはいかず、その薬を船内に「輸出」することになります。

そこにはそれなりの手続きが必要になりますから、医師の処方を得て「はい、どうぞ」と手渡すわけはいかなかったことがわかります。

医薬品の販売や取り扱いは
国によって大きく異なる

薬を求めている船内の乗客が外国人となると、もっと厄介です。

この話は、厚生労働省の要請を受けて外国人の乗客が求める薬の手配に協力した医師から伺ったのですが、船内の乗客の国籍は50を優に超えていて、そのなかにはわが国のような国民皆保険制度が整備されていない国も多々あった、そうです。

そのため、たとえば高血圧や糖尿病などの持病の治療のために常用しているといって見せられる薬のなかには、自国の医師の診察により処方される処方箋医薬品ではなく、「近くのドラッグストアで購入した」という一般用医薬品が少なからず混じっていたそうです。

こうなると、日本で代替品が手に入ればまだいいのですが、その医薬品そのものを手に入れるとなれば、現地で本人が購入するのとは違ってかなり面倒なことになります。

なにしろ一般医薬品の種類や分類、販売の仕組みは国によって微妙に異なります。
ならば「インターネットで購入すればいいのに」と考えがちです。
しかし、医薬品のインターネット販売を全面的に禁止している国もあれば、許可制や届け出制などの規制をしている国もあります*²。

今回どのようにして薬を求める外国人乗客の要望に応えたのか、その具体的な方法はうかがえませんでしたが、希望している薬を届けようとしたら、いったん「輸入」し、その上で「輸出」するといった手続きも煩雑で、自ずと時間がかかってしまった、というわけです。

今回の薬をめぐる経験は、間近に迫っている東京オリンピック・パラリンピックで膨大な数の外国人を迎え入れた際に、こと薬や医療だけでなく、さまざまな面において良き教訓となって生かされることを願うばかりです。

重要な局面にあるいま
責任論に没頭しているときではない

最後に、新型コロナウイルスの集団感染が起きたクルーズ船における感染対策について、高山医師が先のSNSの締めくくりとして書いておられることを紹介しておきたいと思います(face bookにアクセスできない方もいると思いますので)。

いま私たちの国は新興感染症に直面しており、このまま封じ込められるか、あるいは全国的な流行に移行していくか、重要な局面にあります。
残念ながら、日本人は、危機に直面したときほど、危機そのものを直視せず、誰かを批判することに熱中し、責任論に没頭してしまう傾向があると感じています。不安と疑念が交錯するときだからこそ、一致団結していかなければと思っています。

(引用元:高山義浩face book2月19日22:20)

参考資料*¹:厚生労働省「災害拠点病院一覧(2018年4月1日現在)」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000146252.pdf

参考資料*²:厚生労働省「諸外国における一般用医薬品のインターネット販売規制について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r985200000303tz-att/2r985200000303y3_1.pdf