看護師は臨床宗教師と協働して終末期ケアを




こころのケア

看護の現場で
「臨床宗教師」と出会った経験は?

取材経験がまだ浅かった頃、取材で訪れたがんセンターで、浄土真宗系の僧侶であるS氏とたまたま知り合いになりました。聞けば、消化器外科の医師に頼まれて、週に1度、3時間ほど、がんの末期患者やその家族のこころのケアにあたっているとのこと。
終末期ケアに宗教者を取り込むという、その外科医の発想に、正直驚いたものでした。

その出会いから少しして、「ビハーラ」と呼ばれる仏教ホスピスの存在が社会的にクローズアップされるようになりました。なお、ビハーラ活動に関心のある方は、築地本願寺&東京ビハーラ著の『今を生きる 僧侶の言葉』(かんき出版)が参考になります。

S氏とはその後も何度か会って話を聞き、医療現場における宗教者の活動を期待するようになっていた私は、終末期ケアに取り組む看護師さんには強力な助っ人となってくれるだろうと、彼らの活動が普及するのを心待ちにしていました。

その後少しトーンダウンした時期がありましたが、最近になり彼らは「臨床宗教師」として、医療の現場はもとより、災害被災地や福祉の現場などで、あまり目立たないものの、出会った人びとの共感を呼ぶ素晴らしい活動を続けておられます。
今回は、この臨床宗教師のことを、医療現場にフォーカスして書いてみたいと思います。

がん患者の苦悩や悲嘆を
看護師とともに和らげる

2011年3月11日の東日本大震災は、あの津波で家族や友人、知人を亡くされた方がたはいうまでもなく、津波が街全体を飲み込んでいく様子をテレビ映像などで目の当たりにした全国の多くの人びとのこころに、いまだ深い傷跡を残しています。
あの直後、悲しみに寄り添うことで被災者のこころを少しでも癒すことができればと、全国各地からたくさんの宗教者や医療者、研究者らが現地に駆けつけました。

この時の活動がきっかけとなり、2012年4月、東北大学の大学院に臨床宗教師を養成する「実践宗教学寄附講座」が、全国で初めて開設されました。
これが、臨床宗教師の始まりです。

ただ、現時点で臨床宗教師という国家資格があるわけではありません。
布教や宗教活動を行わないことを前提に、欧米で幅広い活動している「チャプレン」のように、宗教・宗派を超えて、スピリチュアルな苦悩や悲嘆を抱える人びとのこころのケアを行う宗教者の総称として「臨床宗教師」という名称が用いられています。

東北大学に続き、龍谷大学や高野山大学、上智大学などの大学院にも同様の講座が開設されています。臨床宗教師として活動するには、これらの講座を受講して、理論教育と臨床実習を組み合わせた臨床宗教師研修を修了することが義務づけられています。
その臨床実習として、臨床宗教師の卵である彼らは、緩和ケア病棟に出かけていき、看護師さんとともにがん患者をベッドサイドに訪ね、患者が訴えるさまざまな苦悩や悲嘆を和らげるというケアも経験しています。

スピリチュアルケアで
臨床宗教師とタッグを組みたい

緩和ケア認定看護師の友人が、こんな話をしてくれたことがあります。臨床実習で緩和ケア病棟にやってきた臨床宗教師と一緒に、がんの末期患者を病室に訪ねたときの話です。

その患者は、大腸がんが肺に転移しているのが発見され、手術、再発を繰り返し、最近は呼吸困難に悩まされることが多くなっていました。
彼女が訪室するたびに、「こんなに苦しみながら生きていることになんの意味があるのかしら」とか、「なぜこんなに苦しまなければならないのか」「どうせ家族と別れなくてはならないのなら、早い方がいい」など、スピリチュアルな苦痛を訴えてくるため、正直なところ答えに窮することが多く、自らの限界を感じていたそうです。

これまでも緩和ケア認定看護師として活動するなかで、スピリチュアルな苦悩を訴えられて対応に戸惑うことが幾度となくありました。その都度誰も教えてくれなかったスピリチュアルケア』(医学書院)のような書物からヒントを見出してはかかわってきたものの、納得のいくケアには至らなかった、と友人は話してくれていました。

ところが、臨床宗教師の実習生を初めてその患者に紹介したときの、その患者のいつにない反応に、深く考えさせられたそうです。。
患者は、「何か気掛かりなことはありませんか」と、やさしく声をかけられると、「もう死ぬ覚悟はできていますから」といいながらも、「なぜこのようなつらい目にあわなければならないのでしょうか」「死んだらあとはどうなるのでしょうか」などと、いつものように命や死にまつわる苦悩を訴えてきたといいます。

これに、同行した臨床宗教師は冷静でした。患者が差し出した手をそっと握り、ときどき短い言葉で応じながら、真摯に耳を傾け続けていたそうです。
その姿を横で見ながら、「生きる意味とか死ということについて、きちんと向き合うことができる彼らとタッグを組めたら、がん末期の患者の緩和ケアも終末期ケアももっと充実させることができるのではないかと思った」と、友人は率直に話してくれたのでした。

臨床宗教師のケアの基本も傾聴
だが、ただ聞くだけではない

冒頭で紹介した僧侶のS氏も、臨床宗教師としての活動に力を入れている一人です。
彼によれば、臨床宗教師のケアの基本は「傾聴」ですが、単に受け身的に話を聞くだけではないとのことです。おそらくこの点は、精神看護専門看護師の平井元子さんが、近著『リエゾン―身体(からだ)とこころをつなぐかかわり 』(仲村書林)のなかで説明しておられる看護としての傾聴と同じなんだろうと思います。

ただ、「多忙な看護師さんを毎日見ている患者としては、引きとめてはいけないと遠慮する気持ちもあるだろう。また、看護師さんも担当医もつらい症状に対応してくれる存在として理解しているから、スピリチュアルな苦痛、つまり生きることの意味とか死への恐怖といった深い部分での痛みについては、なかなかいい出せないでいる。仮に訴えることがあったとしても、ただじっと聞いてくれればいい、というふうに患者は思っているものの、看護師さんはじっくり腰を据えてそれに応えるだけの時間をなかなかとれないのではないか」とS氏。

その点、臨床宗教師には宗教というバックグラウンドがありますから、「いかに深い苦悩を投げかけられても、相手の価値観を尊重して逃げないことを、傾聴の基本においています。逃げたり話を曲解したりすることなく、きちんと向き合うことが大事で、答えを出そうとするのではなく、共に考えることが求められているんだろうと思っている」と話してくれました。

臨床宗教師と手を携えて
患者に穏やかな死を

最近は在宅ケアの現場でも、訪問看護師さんと協働することも多くなったというS氏です。彼女たちの仕事ぶりには感服させられることが多いとのこと。
「僕ら臨床宗教師は、どんなに頑張っても病気のことに関しては何もできませんが、深いところでの苦悩や悲嘆を癒すという部分についてはお引き受けできます。看護師さんや医師ら医療スタッフの皆さんとは、うまく協働して、終末期にある方の穏やかな死に向けて支えていくことができたらと考えています」――。
こんなふうに、看護師さん向けのメッセージとして語ってくれました。

なお、スピリチュアルケアについては、臨床宗教師の谷山洋三氏による『医療者と宗教者のためのスピリチュアルケア―臨床宗教師の視点から』(中外医学社)が参考になります。