抗がん剤による手足のしびれは冷やして予防

休暇

抗がん剤の副作用
手足のしびれを冷却して防ぐ

長年の友人で管理栄養士として食品会社に勤務するTさんから、「乳がんの診断を受けて、通院しながら化学療法を受けることに決めました。ついてはお願いがあります」との一文で始まる、長いメールが届きました。化学療法について担当医から、以下の説明があったことが書いてあります。

  • 抗がん剤のパクリタキセルを使う
  • この薬には副作用として手足にしびれなどの症状が出る場合がある
  • この症状には現段階で有効な治療法がない
  • 一度症状が出ると長期にわたり続くことがある
  • しびれに加え、手足の指先の感覚が鈍くなり、物がつかみにくく細かい作業ができなくなったり、歩いていても、ついつまずいて転んだりする人もいる

そのうえで、「パクリタキセルのしびれなどの副作用については、点滴中に手足を冷却すると症状をある程度抑えるのも不可能ではないといった記事を医学系雑誌で読んだ記憶があるが、調べてもらえないだろうか」というのが、彼女の「お願い」の主旨でした。

メールのあった翌日の電話で、「自分で調べればいいのだけれど、少し長い休暇をとるために仕事の引継ぎなどで慌ただしく、うまく時間が調製できなくて……」と恐縮する彼女に、「私の関心事でもあるから」と、快く引き受けました。

パクリタキセルは、乳がん以外にも、肺がん、胃がん、子宮がん。食道がんなど多くのがんに用いられている。また、パクリタキセル以外にも、大腸がん治療に用いるオキサリプラチン、ドセタキセル、シスプラチン、フルオロウラシル(5FU)、多発性骨髄腫に用いるサリドマイドやベルケイドなどが、末梢神経障害によるしびれを起こしやすい抗がん剤として知られている。

末梢神経障害を予防し
患者のQOL向上を図る

Tさんが「読んだ記憶がある」という論文のことは、私も新聞で読んで知っていました。がん患者に有効な緩和ケアの一つになるだろうと興味を持ち、「京都大学研究チーム 抗がん剤副作用のしびれ、冷やして予防」とメモしてありましたので、ネット検索ですぐにこの研究成果を報告する記事を見つけることができました*¹。

パクリタキセル(タキソール注射液®)のようなタキセル系抗がん剤は、がんの化学療法に欠かせない抗がん剤の一つで、乳がんや卵巣がん、肺がん(非小細胞肺がん)などの化学療法によく使われていることは、ご承知でしょう。

ただこの薬剤には、脱毛などに加え、80%前後という高頻度で手足のしびれや感覚麻痺などの末梢神経障害を引き起こし、患者のQOLを大きく損なう可能性が指摘されています。最悪のケースでは、症状の進行に患者が耐えられず、化学療法の中断を余儀なくされる場合もあることが知られています。

パクリタキセルが、患者を苦しめるしびれなどの末梢神経障害を起こすメカニズムの詳細は、現時点ではまだ完全には解明されていないようです。

冷却して末梢神経障害を防ぐ

しかし、このメカニズムについて華井明子氏(作業療法士)ら研究チームは、血流にのったパクリタキセルが、そもそもの標的であるがん細胞のみならず、指先の血管や感覚器などの末梢組織にまで届いてダメージを与えることが、この副作用の原因と推察したようです。

手足はよく使うため新陳代謝が激しく、血流も相対的に多くなり、抗がん剤がより集積しやすいのではないかと考えられています。そこで研究チームが症状が起きる前の予防策として思いついたのが、治療中に局所的に血流量を減らすことのできる「冷却」という方法を用いることでした。

つまり、冷却することにより手足の末梢組織へ送られる血流量を低下させ、血流にのったパクリタキセルの末梢組織への到達量を減らすことで、しびれなどの末梢神経障害を予防し、患者のQOLの向上につなげようというわけです。

冷却手袋、冷却足袋による冷却療法が
末梢神経障害を防ぐ

この研究においてチームは、マイナス25~30℃下で冷やした冷却用のグローブ(冷却手袋と冷却足袋)を、研究協力に賛同が得られた女性の乳がん患者40人を対象に、それぞれの利き手と利き足に装着し、点滴中はずっとその冷却を続けました。

そして、12週間のパクリタキセルによる治療が終了した時点で、その冷却した利き手側の手足と、反対側の何もしていない手足について、しびれの程度を比較。しびれの程度は、患者の自覚症状に加え、触覚や温度感覚、手先の器用さの変化で評価しています。

その結果から、しびれの程度は、冷却した側の方が明らかに少なく、手足のしびれに代表される末梢神経障害は、この冷却法によりかなり予防できると結論づけています。

具体的な数字を見ると、例えば触覚の異常は、冷却しなかった側の手で80.6%、足で63.9%に症状が確認された一方、冷却した側では手で27.8%、足で25.0%にとどまっていました。

患者の自覚症状についても、手では41.7%に対して2.8%、足では36.1%に対して2.8%と、明らかに冷却を続けた手と足で有意に少なくなっていました。

手足の冷却用に開発された
凍結グローブ&ソックス

このように有効性は明らかになったものの、研究成果の公表からかなりの時間が経った現在でも、パクリタキセルの副作用対策としての冷却法は、あまり普及していないようです。

その理由の一つとして指摘されているのが、この冷却技術には健康保険の適用がないことです。また冷却を安全に行うための冷却機器やその的確な方法をマスターした人材を確保できないことも、普及を妨げる要因になっているようです。

ただ、がん看護や化学療法看護、緩和ケアなどを専門にしている看護師さんを取材してみると、患者からの要請に応えるかたちで冷却ケアを実施し、しびれなどの軽減効果を上げているケースも、それほど多くはないものの確かにあるようです。

冷やしすぎないように

そのなかの一人で、このケアを実施したことがあると話す看護師さんによれば、手足の冷却用に開発されたアズワン 指先フローズングローブ などがあるものの、病院の設備として用意されていないため、患者が購入することを条件に、冷却ケアを行っているそうです。

冷却にはアズワン ソフトクールン ミニを使うのですが、研究チームが用いたフローズングローブほどの低温(-25~-30℃)には及ばず、また冷却シートが2時間ほどで温かくなってしまうため随時冷凍してあるものに交換する必要があるなど、課題は多いようです。

また、冷やし過ぎて凍傷を起こさせないための配慮として、患者によっては使い捨ての薄いゴムやコットンの手袋をはめて温度調節をするなどの工夫もしているそうです。

Tさんには、以上の話をまとめて論文のコピーと共に渡したところです。

紹介させていただいた華井明子氏ら京都大学研究チームによる論文は、京都大学のホームページからダウンロードできます*¹。

なお、がんの化学療法で悩まされることの多い皮膚障害を緩和するスキンケアについては、こちらで詳しく書いています。是非参考にしてみてください。

抗がん剤や分子標的薬などが使われるがん化学療法では、皮膚障害が出ることがある。痛みやかゆみに悩まされるだけでなく、時に症状が悪化して治療の中断を余儀なくされることもある。その予防には、洗浄、保湿、保護を基本とするスキンケアが欠かせないという話をまとめた。

参考資料*¹:抗がん薬副作用のしびれ、冷却して予防