緩和ケアとしての抗がん剤によるしびれ予防策




休暇

抗がん剤の副作用として現れる
手足のしびれを冷却して防ぐ

長年の友人で管理栄養士として食品会社の研究機関に勤務するTさんから、
「乳がんの診断を受けて、通院しながら化学療法を受けることに決めました。
ついてはお願いしたいことがあります」
といった一文で始まる、長いメールが届きました。

化学療法について担当医から、以下の説明があったことが書いてあります。
⑴ 抗がん剤のパクリタキセルを使う
⑵ この薬には副作用として手足にしびれなどの症状が出る場合がある
⑶ この症状には現段階で有効な治療法がない
⑷ 一度症状が出ると長期にわたり続くことがある
⑸ しびれに加え、手足の指先の感覚が鈍くなり、物がつかみにくく細かい作業ができなくなったり、歩いていても、ついつまずいて転んだりする人もいる

そのうえで、「パクリタキセルのしびれなどの副作用については、点滴中に手足を冷却すると症状をある程度まで抑えるのも不可能ではないといった記事を医学系雑誌で読んだ記憶があるが、調べてもらえないだろうか」
――というのが、彼女から私への「お願い」の主旨でした。

メールのあった翌日の電話で、
「自分で調べればいいのだけれど、治療に慣れるまで少し長い休暇をとるために仕事の引継ぎなどで何かと慌ただしく、うまく時間が調製できなくて……」
と恐縮する彼女に、「私の関心事でもあるから」と、快く引き受けました。

パクリタキセル以外にも、大腸がん治療に用いるオキサリプラチン、ドセタキセル、シスプラチン、フルオロウラシル(5FU)、多発性骨髄腫に用いるサリドマイドやベルケイドなどが、しびれを起こしやすい抗がん剤として知られている。

しびれなど末梢神経障害を予防し
患者のQOL向上を図る

Tさんが「読んだ記憶がある」という論文のことは、私も新聞で読んで知っていました。

がん患者に有効な緩和ケアの一つになるだろうと興味を持ちメモをとってありました。
そこには「京都大学研究チーム 抗がん剤副作用のしびれ、冷やして予防」とあり、ネット検索ですぐにこの研究成果を報告する記事を見つけることができました。

パクリタキセル(タキソール注射液®)のようなタキセル系抗がん剤が、乳がんや卵巣がん、肺がん(非小細胞肺がん)などの化学療法に広く使われていることは、ご承知でしょう。

がんの化学療法には欠かせない抗がん剤ですが、この薬剤には、脱毛などの副作用に加え、80%前後という比較的高い頻度で手足のしびれや感覚麻痺などの末梢神経障害を引き起こし、患者のQOLを大きく損なう可能性が指摘されています。

最悪のケースでは、症状の進行に患者が耐えられず、化学療法の中断を余儀なくされる場合もあることが知られています。

パクリタキセルが、患者を苦しめるしびれなどの末梢神経障害を起こすメカニズムの詳細は、現時点ではまだ完全には解明されていないようです。。

しかし、このメカニズムについて華井明子氏ら研究チームは、血流にのったパクリタキセルが、そもそもの標的であるがん細胞のみならず、指先の血管や感覚器などの末梢組織にまで届いてダメージを与えることが、この副作用の原因とを推察したようです。

そこで研究チームが予防策として思いついたのが、局所的に血流量を減らすことのできる「冷却」という方法を用いることでした。

つまり、冷却することにより手足の末梢組織へ送られる血流を減少させ、血流にのったパクリタキセルの末梢組織への到達量を減らすことで、しびれなどの末梢神経障害を予防し、患者のQOLの向上につなげようというわけです。

手足の局所冷却が
末梢神経障害を防ぐ

この研究においてチームは、マイナス25~30℃下で冷やした冷却用のグローブ(手袋とソックス)を、研究協力に賛同が得られた女性の乳がん患者40人を対象に、それぞれの利き手と利き足に装着し、点滴中はずっとその冷却を続けました。

そして、12週間のパクリタキセルによる治療が終了した時点で、その冷却した利き手側の手足と、反対側の何もしていない手足について、しびれの程度を比較。しびれの程度は、患者の自覚症状に加え、触覚や温度感覚、手先の器用さの変化で評価しています。

その結果から研究チームは、しびれの程度は、冷却した側の方が明らかに少なく、パクリタキセルの副作用である手足のしびれに代表される末梢神経障害は、この冷却法によりかなり予防できると結論づけています。

具体的な数字を見ると、例えば触覚の異常は、冷却しなかった側の手で80.6%、足で63.9%に症状が確認された一方、冷却した側では手で27.8%、足で25.0%にとどまっていました。

患者の自覚症状についても、手では41.7%に対して2.8%、足では36.1%に対して2.8%と、明らかに冷却を続けた手と足で有意に少なくなっていました。

手足の冷却用に開発された
グローブとソックスを活用

このように有効性は明らかになったものの、研究成果が公表さた2017年10月からすでに半年以上が過ぎた現在でも、パクリタキセルを使用した化学療法は続けられているものの、副作用対策としての冷却法の普及は、あまり進んでいないのが現状のようです。

その理由の一つとして関係者の間で指摘されているのが、この冷却技術には健康保険の適用がないことです。また冷却を安全に行うための冷却機器やその的確な方法をマスターした人材を確保できないことも、普及を妨げる要因になっているようです。

ただ、がん看護や化学療法看護、緩和ケアなどを専門にしている現役の看護師さんを取材してみると、この冷却法に関する新聞記事を読んだという患者からの要請に応えるかたちで冷却ケアを実施し、しびれなどの末梢神経障害の軽減効果を上げているケースも、それほど多くはないものの確かにあるようです。

そのなかの一人で、このケアを実施したことがあると話す看護師さんによれば、手足の冷却用に開発されたアズワン 指先フローズングローブ などがあるものの、病院の設備として用意されていないため、患者が購入することを条件に、冷却ケアを行っているそうです。

冷却にはアズワン ソフトクールン ミニを使うのですが、研究チームが用いたフローズングローブほどの低温(-25~-30℃)には及ばず、また冷却シートが2時間ほどで温かくなってしまうため随時冷凍してあるものに交換する必要があるなど、課題は多いようです。

また、冷やし過ぎて凍傷を起こさせないための配慮として、患者によっては使い捨ての薄いゴムやコットンの手袋をはめて温度調節をするなどの工夫もしているそうです。

Tさんには、以上の話をまとめて論文のコピーと共に渡しました。
何事にも積極的に挑戦する姿勢をがんの診断を受けた後も持ち続けている彼女だけに、フローズングローブなどの必要物品を購入して、化学療法を受ける外来の看護師さんに協力をお願いしてみるとのこと。
その結果については、彼女の報告を待って、また書いてみたいと思っています。

紹介させていただいた華井明子氏ら京都大学研究チームによる論文は、京都大学のホームページからダウンロードできます(コチラ)。

なお、がんの化学療法で悩まされることの多い皮膚障害を緩和するスキンケアについては、こちらの記事で詳しく書いています。是非参考にしてみてください。
→ がん化学療法による皮膚障害とスキンケア