「特定看護師?」を目指すあなたに伝えたい




看護師の特定行為

「特定看護師」という資格が
あるわけではない

「ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」――
取材を終えて病院を出ようとしたところで声をかけられました。振り返ってすぐ、「ああ、さっきの病棟の看護師さんだ」とわかりました。

ナースステーションの隣の部屋でその病棟の看護師長さんを取材していたのですが、取材中ずっと、その部屋の前をウロウロしている若い看護師さんの姿がガラス越しに目に入り気になっていました。声をかけてきたのはその方だったのです。

幸い帰りの電車の時刻までに少し時間があったので、「では15分ほどなら」と、広い待合室の片隅で、話を聞いてみることにしました。
すると、ソファに腰を降ろすや否や、「特定看護師を目指そうと思っているのですが、どう思われますか?」と問いかけてきたのです。

「いきなりそう聞かれても……」と頭の中でつぶやきながら、「特定看護師といっても、そういう資格があるわけではないことはご存知ですよね」と確認すると、「えっ、そうなんですか?」と返ってきたのには、少々驚かされました。
その話しぶりから、彼女は「特定看護師」を「高度実践看護師」、つまり専門看護師や認定看護師のワンランク上の国家資格と思い込んでいるようでした。

国が定めた特定行為を
診療の補助行為として行う

彼女がそんな風に思い込むのも、責められないと思いました。
厚生労働省に「チーム医療の推進に関する検討会」が設置された2009年の夏以降、この「特定看護師」という言葉が、医療関連メディアを中心にかなり頻繁に登場していましたから。

その検討会が「特定看護師(仮称)」創設の提案を盛り込んだ報告書を公表したのが、2010年の3月でした。その公表以降は、全国紙の社説などでも、(仮称)付きのその呼称が頻繁に取り上げられていたものです。ですから、彼女のような思い違いをしている看護師さんがいても不思議はないと思います。

ただし実際は、報告書を基に検討を重ねていくなかで、新たな資格をつくる話はご破算になっています。国が38の特定行為を決め、それらの行為を看護師が診療の補助行為として行えるようにと、研修制度を設けることに話がまとまったのです。
201510月からスタートしている「特定行為に係る看護師の研修制度」が、それです。

この制度下での研修を修了した看護師に限り、診療の補助行為としていくつかの特定行為を行うことが認められることになります。
とはいえ、一定の研修を修了したら、その看護師は直ちに一定の特定行為を実施できるというわけではありません。そこに、この制度の難しさがあるといっていいでしょう。

特定行為としての看護と
日常のスタンダードな看護業務

繰り返しになりますが、特定行為というのは、看護師が独自の判断で行える看護行為ではありません。あくまでも診療の補助行為です。

たとえば「気管カニューレの交換」「人工呼吸器からの離脱」「胸腔ドレーンの抜去」など、現時点で38行為ありますが、いずれも診療の補助とはいえ看護師が行うには、かなり高度で専門的な知識や技術、思考力、判断力が必要とされます。なぜなら、これまでは医師のみが行う行為とされてきたものばかりだからです。

ちなみにその38特定行為については、行為個々の概要とともに厚生労働省のホームページにリストアップされています。また、特定行為について解説した以下の書籍も市販されていますので、興味のある方は目を通してみたらいかがでしょうか。

繰り返しになりますが、特定行為は診療の補助として行うものですから、当然のことながら医師の指示が必要です。そこで特定行為については、担当医があらかじめ対象患者を指定して、手順書による指示を出しておくことになります。
そのうえで、医師のいない場面で、そのときの患者の状態から判断して直ちにその行為を行う必要があると看護師が判断した場合に限り、その手順書に従って実践することになります。

特定行為の実践に求められる
ベーシックな看護力

ここまで説明を終えると、その若い看護師さんから、「では、医師が事前に用意した指示書どおりに行うのであれば、一定の研修を修了した看護師はその特定行為を完璧にできるのでしょうか」という疑問を投げかけられました。
これに私は、「必ずしも、YESとはならないのが現実のようです」と答えました。

こう答えたのには理由がありました。
ある医師から特定行為を看護師に託すことに関してこんな話を聞いていたからです。

「自分がその場に居合わせないときに看護師さんに代行してもらえるのはありがたい。でも自分の患者さんだから、安全とか、一刻も早い回復といったことを考えると、日頃の仕事ぶりからよほど信頼のおける看護師さんで、しかもその特定行為を日常業務のなかで自分と一緒に何回かやって、経験を積んでもらって、彼女なら万が一の時は託せると納得できていないと、ちょっと安心して任せられないなあ……」と。

医師のこの指摘に、やはり看護師としての実践がきちんとできていて、医師との信頼関係があってこそのことなんだろうと思ったものでした。特定行為に係る研修の受講資格は研修機関により異なりますが、おおむね3~5年の実務経験を求めているようです。

まずは看護師としての
ジェネラルな力をつけたい

この研修を受ける看護師さんには、特定行為を自分の手ですることを優先的に考えるようなことだけはしてほしくないと思います。
患者の療養上の世話ということを第一に考えてかかわっていくなかで、患者を救うために、あるいは危険から守るために、一刻も早くこの処置が必要だとなったときに備えたい、といったようなあくまでも看護師としての気持ちで研修に臨んでもらいたいと思っている――

そんな私なりの勝手な思いを伝えると、えらく真剣な表情で聞き入っていたその若い看護師さんは、「おっしゃることはよくわかります。ちょっと軽く考えすぎていました」と、すごくまじめな顔で答えてくれました。

彼女とは時間切れでそこで別れましたが、後日、別れ際に名刺を渡しておいたことが幸いして、こんなうれしいメールが届きました。
「資格を手にすることを急ぎすぎていました。しばらくは普通の看護師として当たり前の力を身につけることを頑張ってみます」

その後も彼女とは、時々メール交換をしています。
送られてくる短い文面からも、日増しに看護のジェネラリストとしてめきめき力をつけてきていることがうかがえます。