認知症ケアにも「ナッジ理論」を応用する

ケア

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コロナの感染対策で活用した
「ナッジ理論」を認知症ケアに

本の売れ行きが芳しくない昨今にあって、高齢者の精神医療に長年たずさわってこられた和田秀樹医師が著す本だけは、次々とベストセラーになっていますが、そのなかに『ぼけの壁 (幻冬舎新書)』という一冊があるのをご存じでしょうか。

「ぼけ」とは「脳の老化」のこと。その原因は「認知症」と「老人性うつ」ですが、幸いなことに脳は、数ある臓器のなかでもとりわけ頑強にできていて、「日々きちんと使ってメンテナンスをしていれば、そう簡単には衰えない」そうです。

そこで、「脳」にテーマを絞り、その健康寿命を延ばす脳の正しい使い方や日々取り組みたいメンテナンスの方法を教えてくれているのが、本書です。

ちょっとした「もの忘れ」が気になって手にしたこの本ですが、読み進めていくなかで、「そうだったのか!!」と気づかされることが多々ありましたので、今回はそのことを書いておきたいと思います。

結論から言えば、その気づきとは、最近注目を集めていて、先に、コロナの感染対策としてこちらで紹介した「ナッジ理論」が、認知症ケアにも応用できるということです。

言葉のかけ方を工夫して
認知症の方を「ナッジ」する

「ナッジ理論」の「ナッジ(nudge)」とは、「肘で軽くつつく」「背中をやさしく押す」といった意味です。

そもそもは行動経済学の領域で、「ついそうしたくなる心理」をくすぐるようなちょっとしたきっかけを与えて、よい選択をするように人の行動を促す」といった、いわゆる行動変容の方法として研究が進められてきました。

人の行動を促す、つまり人を「ナッジ」するにはいろいろな方法があります。コロナの感染対策では、たとえばコンビニなどで買い物をしてレジに並ぶ際に、とりたてて意識しなくても前の人との間隔を1mほど空けられるように、立ち位置を示す足形のテープなどを床に貼る方法がとられました。

また、看護現場における働き方改革の一環として、残業時間を削減するためにユニフォーム、あるいはマスクを色分けしてシフトを見える化する取り組みが一部の医療機関で進んでいますが、これもナッジ理論の応用です。

そして、この本のなかで和田医師は、認知症ケアに応用できるナッジの方法として、「言葉のかけ方を工夫する」ことを提案しているのです。たとえばこんなふうに――。

認知症患者にオムツを着けさせたいときに、「だって、何度も漏らしたじゃないか!」のように言って、相手の自尊心を傷つけるのは、反発を招くだけです。ここは、ナッジ理論を応用して、「オムツを着けると、安心して外出できるよ」と言って誘導するか、「一度試してみようよ」と、「お試し」であることを強調して一度させてみるといいでしょう。

(引用元:和田秀樹著『ぼけの壁』P.102-103)

相手に伝わるコミュニケーション術として
「ナッジ」が効く!?

ナッジ理論の応用について改めて調べてみると、「ナッジ」の考え方を応用できるのは認知症ケアに限らないことに改めて気づかされます。

医療や介護の現場にいると、たとえば親は明らかに介護が必要な状態なのだが、介護の話を切り出すと親が機嫌を悪くする、あるいは「自分は大丈夫だから」と強く拒否されてしまうので言い出しにくい、どう説得したらいいだろうか、といった相談を受けることが多々あるのではないでしょうか。

このような親子間のすれ違いには、「わかってはいるけど、できない心理(高齢者によく見られる「認知バイアス*」)が大きく関係しており、解決の鍵は相手に伝わるコミュニケーション術としての「ナッジ」にある、と唱えるこちらの本が2024年5月に刊行され、話題になっています。

*認知バイアスとは、常識や固定観念、思い込みなどにより、自分に都合よく解釈をゆがめて誤った判断をしてしまう心理現象のこと。

会話がかみ合わないときは
「ナッジ」を活用してみる

この本の著者は、行動経済学者でナッジ研究者の竹林正樹氏(バラエティー番組などで、ナッジの魅力を津軽弁で呼びかけていることでお馴染みの「ちくりん博士」)、介護サービスを提供する起業家で看護師・ケアマネジャーの神戸貴子氏、高齢者ケアを社会学的に研究する福祉社会学者の鍋山祥子氏の3名です。

本書で著者らは、自身が経験してきた家族介護の8事例を紹介し、それぞれの家族介護経験や専門知識、そして「ナッジ」を用いて、相手がつい行動に移したくなるような心理をくすぐることで、親子間のコミュニケーションを穏やかなものへと変えていくヒントを具体的に提示しています。

本書で紹介されている事例を参考に、会話がかみ合わない患者・利用者に正論で対応するのではなく、「つい行動に移したくなるような仕掛け」とでもいえる「ナッジ」を活用してみてはいかがでしょうか。