高齢者の転倒を深刻化させる「抗血栓薬」




頭を打つ

転倒している高齢者を救助し
表彰された3人の小学生

「路上で転倒高齢者助ける 県警と市教委、小学生3人表彰」
先日、こんな記事が新聞の片隅に掲載されていました。

3人は、通学の途中、路上の側溝に歩行器がはさまって転倒している男性(89歳)を見つけ、直ぐに119番通報。その後は救急車が来るまでの約15分間、男性に「もうすぐ救急車が助けに来ますからね」「大丈夫ですよ」などと声をかけて励まし続けたとのこと。

救助された高齢者の搬送後の経過については、その記事は触れておらず、89歳という高齢だけに気になるところですが……。

救助した3人は、県警と市の教育委員から表彰され、
「これからも倒れたり困ったりしている人を見たら、おじいさんと同じように助けたい」
と笑顔で語った、と報じていました。

甘く見てはいけない
抗血栓薬服用者の転倒・転落

日本脳神経外科学会のプロジェクトである「日本頭部外傷データバンク」によれば、頭部外傷患者は高齢化が進行しており、特に70歳以上がこのところ著しく増加しているとのこと。

また、受傷機転(受傷状況)としては、近年は様相が変わり、最も多いのは相変わらず交通事故で41.9%ですが、次いで転倒・転落が40.8%と、ほぼ同率になっているそうです。

高齢者の転倒・転落については、「甘く見てはいけない」ということが、このところ盛んに言われていることはご承知のことと思います。

特に、抗血栓薬(抗凝固薬や抗血小板薬)を服用している高齢者が、転倒・転落により頭部を強く打撲すると、思った以上に頭蓋内出血が重症化して予後不良となる可能性が高いことから、迅速かつ的確な対応が求められることが指摘されています。

そこで今日は、この、高齢者の転倒・転落と抗血栓薬の服用との関係について、ざっくりと書いてみたいと思います。

日本脳神経外科学会等が進める
「Think FAST」キャンペーン

なかなか収束しそうにない新型コロナウイルスの感染拡大により、感染対策としての外出自粛生活が、予想していた以上に長引いています。

在宅で過ごす時間が、自粛生活を始める前の2倍~3倍も長くなっていて、その心身両面の健康への好ましくない影響が、年齢を問わずさまざまなかたちで現れています。

高齢者について言えば、家に閉じこもりがちで「あまり動かない」状態が続くことにより、全身のあらゆる機能が低下する「生活不活発病」が懸念されています。

特に危惧されるのは筋力の低下です。
歩いたり、立ち上がったりなどの日常生活におけるさまざまな動作がぎこちなくなり、「廊下や浴室で滑って転ぶ」「階段を踏み外す」といった転倒・転落事故が発生しやすくなってきます。

頭部を打ったその時は意識が鮮明でも……

高齢者に限らず、転倒・転落して頭部を打撲しても、よほど強く打った場合を除き、意識がはっきりしていて、「大丈夫、大丈夫」などと会話も可能であれば、周囲も安心してそのまま様子を見ることになりがちではないでしょうか。

ところが、抗血栓薬を服用している高齢者のケースでは、頭部を打撲した直後は意識清明で会話が可能であっても、しばらくすると意識レベルが低下しはじめ、病院へ救急搬送された頃には昏睡状態に陥り、最善の治療を行っても、最悪、転帰不良となるといったことも珍しくないことがしばしば報告されています。

このような患者を救おうと、日本脳神経外科学会、日本救急医学会、日本脳神経外傷学会、日本脳卒中学会、日本循環器学会が中心となり、2018年3月から、「”Think FAST(シンクファスト)」キャンペーンを展開しています。

新型コロナウイルスの感染拡大で余儀なくされた生活の不活発状態が、高齢者の転倒・転落事故を招きやすくしている状況のなか、この「Think FAST」の重要性が医療関係者はもとより広く一般市民にも、強くアピールされています。

頭蓋内出血のリスクを
とっさに考え迅速に対応する

このキャンペーンの「Think FAST」とは、「Think First-Anti-coagulants/-platelets-in-Senior-neuroTrauma-patients」を略したものです

転倒・転落して頭部を強打した高齢者を目にしたら、まずは患者が抗凝固薬や抗血小板薬を服用していることを想定して、普通に会話ができ、一見軽症に見える状態にあっても、
「頭蓋内出血のリスクを念頭に、迅速に対処しよう」
といった意味と解していいでしょう。

具体的には、以下に示すような抗血栓薬による治療を受けている患者、とりわけ高齢者の場合は、転倒・転落した際に頭を打ち、頭蓋内でいったん少量でも出血が起こると、抗血栓薬の作用によりその頭蓋内出血が止まりにくくなり、そのためじわじわと出血が続き、やがて大出血を起こすといった事態に陥りがちです。

このような転倒・転落による頭部外傷の高齢者の場合、常に、思った以上に重症化するリスクが伴うことを考えて、対応するよう促しているわけです。

  1. 心房細動があり、心房内でできた血栓による脳梗塞を予防するために、ワルファリンなどの抗凝固薬を服用している
  2. 動脈硬化による心筋梗塞や脳梗塞等の予防を目的に、アスピリンなどの抗血小板薬を服用している

抗血栓薬服用患者に伝えたい
転倒による頭部外傷時の対応

キャンペーンでは、転倒・転落時の頭部打撲が深刻な頭蓋内出血に進展する事態を防ぐため、一般市民に対し、以下について啓発活動を行うよう促しています。

⑴ 抗血栓薬の適切な服用の重要性を知ってもらう
⑵ 高齢者の転倒・転落による頭部外傷の危険性(特に抗血栓薬服用者)を伝える
⑶ 頭部外傷時の適切な対処法(少しでもおかしいと思ったらすぐに医療機関受診が必要)

同時に医療関係者には、以下を呼びかけています。
⑴ 抗血栓薬服用中の頭部外傷患者は、受傷直後は軽症であっても医療機関を受診する必要があることを周知する
⑵ 頭部外傷患者には迅速な画像診断により出血の有無を観察する
⑶ ⑵で出血を認める場合は、軽症であっても最低24時間は厳重に神経症状の観察*を行う
⑷ 抗血栓薬を服用している外傷性頭蓋内出血患者には、適切なタイミングで適切な薬剤にて抗血栓薬の中和を行う

*頭蓋内出血の神経症状としては、意識障害、反側感覚障害、言語障害、片麻痺、高度な頭痛、嘔吐、嚥下障害、運動失調、視力・視野障害、痙攣などがある。

参考資料:侮れない抗血栓薬服用高齢者の転倒