知っておきたい「性的暴行被害者の妊娠中絶」




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性的暴行の妊娠中絶は
加害者の同意不要の徹底を

弁護士で作る支援団体は6月26日、日本医師会に、性的暴行を受けて妊娠した女性が人工妊娠中絶を希望したものの、医療機関が、本来必要のない加害者の同意を求めるケースが相次いでいるとして、適切な対応と実態調査を求める要望書を提出しています。

母体保護法では、性的暴行を受けて不本意な妊娠をした場合、「本人の同意」があれば人工妊娠中絶の手術を受けることができると規定されています。

しかし同支援団体は、医療機関が、妊娠の原因である性的暴行の「加害者の同意」を求めるケースが、各地で相次いでいると指摘しています。

加えて、加害者の同意が得られないことを理由に人工妊娠中絶の手術を断られ、複数の病院をたらい回しにされたケースや、中絶可能なギリギリの時期まで手術が受けられなかったケースも少なからず確認されたということです。

加害者の同意を求める病院の実態調査を

日本医師会に提出された要望書では、
⑴ 性的暴行による妊娠中絶には加害者の同意は必要ないことを医師に周知徹底すること、
⑵ 加害者の同意を求める病院の実態について調査を行うこと
の2点を求めています。

要望書が日本医師会宛に出されたものとはいえ、産婦人科領域をはじめとする医療現場にあっては、看護師さんがその場に立ち合うということも珍しくはないでしょう。

そんなときは、同じ女性として無関心ではいられる話ではないかと考え、知っておいていただきたい基本的なことをまとめてみました。

母体保護法で不要とするも
臨床現場に浸透せず

母体保護法(旧優生保護法)とは、母性の生命健康を保護することを目的に、不妊手術および人工妊娠中絶に関する事項を定めた法律です。

本人の希望だけでなく、医師もその必要性を認定したうえで行われる人工妊娠中絶については、この法律の第14条で、
「医師会の指定する医師(以下「指定医師」)は、次の各号に該当する者に対して、本人および配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」と規定しています。

この、「該当する者」の1つ、つまり人工妊娠中絶の適応条件の1つに、
「暴行もしくは脅迫によって、または抵抗もしくは拒絶することができない間に姦淫(かんいん)されて妊娠したもの」とあります。

つまり、性的暴行による妊娠に対しては、各都道府県医師会が指定した「母体保護法指定医師」*の資格を持つ医師の認定による人工妊娠中絶が、法的に認められているわけです。

*母体保護法指定医師は、各都道府県医師会に設置された母体保護法指定医師審査委員会の審査をパスした医師が指名される。指定条件は都道府県により多少異なるが、①医師免許取得後5年以上経過しており、②産婦人科の研修を3年以上受け、③研修中に20例以上の人工妊娠中絶手術または流産手術の実地指導を受けた実績、③日本産科婦人科学会専門医の有資格者、など。
2年毎の更新が必要で、更新には指定講習会の受講が必要。指定医師は、毎月10日までに都道府県知事宛てに月間の人工妊娠中絶件数を報告する義務がある。
最寄りの母体保護法指定医師の問い合わせは、各都道府県医師会まで。

「配偶者が知れないとき」は本人の同意だけで

さらに、「配偶者の同意」については、
「配偶者が知れないとき、もしくはその意思を表示することができないとき、または妊娠後に配偶者が亡くなったときには、本人の同意だけで足りる」とあります。

つまり、性的暴行による妊娠は、「配偶者が知れないとき」に相当しますから、本人の同意だけで人工妊娠中絶を受けることができるというわけです。

要約すれば、性的暴行を受けて妊娠した場合は、「本人の同意」さえあれば、医師の認定による人工妊娠中絶を受けることができると、母体保護法で規定されているのです。

しかし、このことが医師をはじめ医療現場にも十分浸透していない現状が、今回提出された要望書の背景にあることは否めないようです。
なお、未成年の人工妊娠中絶には保護者(親)の同意書も必要です

人工妊娠中絶手術ができるのは
妊娠22週未満(妊娠21週と6日まで)

もう1点、知っておいていただきたいのは、「人工妊娠中絶」の定義です。
母体保護法第1章、第2条では、次のように規定しています。

「人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続できない時期に、人工的に、胎児およびその付属物を母体外に排出することをいう。なお、胎児付属物とは胎盤、卵膜、暖帯、羊水のことである」

ここにある「胎児が、母体外において、生命を保続できない時期」、つまり人工妊娠中絶の手術ができる時期は、妊娠22週未満(妊娠21週と6日まで)と定められています。

この時期以降は、母体にかかる負担やリスクの大きさ、また倫理的な観点から、人工妊娠中絶の手術は認められていません。

加えて、妊娠12週を超えて人工妊娠中絶手術を行った場合は、役所に死産届けを提出し、胎児の埋葬許可証を受け取る必要もあります。

人工妊娠中絶手術はほとんどの場合、医療保険が適用されません*。
高額療養費制度の対象からも外れるため、全額自己負担となります。

妊娠12週以降の中絶手術には、手術料に加え数日間の入院費用もかかり、経済的負担も大きくなります。そのため、性的暴行による妊娠で中絶を選択せざるを得ない場合は、経済的な側面からもできるだけ早い時期の手術が奨励されています。

*人工妊娠中絶で医療保険が適用されるケースは、
①胎児が子宮内で死亡し、掻把(そうは)手術が必要と判断された場合、
②妊娠の継続が母体の生命を脅かすと判断された場合
など、身体的にやむを得ない理由があり、治療の一環として人工妊娠中絶が必要な場合に限られる。

絶対あってはならない事態だと

この日、日本医師会を訪れて要望書を提出した「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」の上谷さくら弁護士は、メディアに対し、
「絶対あってはならない事態で、疎外者の心身の負担は計り知れない。犯罪被害の場合は、加害者の同意はいらないということを周知するべきだ」と話しているとのこと。

要望書を受け取った日本医師会の横倉義武会長は、
「要望をしっかり受け止め対応したい」と応えた旨、報じられています。

なお、望まない妊娠を避けるための緊急避妊薬についてはこちらの記事を参照してください。
→ 看護師も知っておきたい オンライン診療対象の「緊急避妊薬」のこと