慢性期看護はもはや「問題解決志向」ではない

看護論あれこれ

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慢性期患者への看護に
新しい看護論?

東京近郊にある中規模病院に勤務する看護師のSさんと話す機会がありました。キャリアは優に20年を超える臨床一筋の大ベテランで、「ここ数年はもっぱら退院支援看護師として働いている」そうです。

Sさんから「久しぶりに愚痴を聞いていただけない?」と連絡を受けての再会でした。その当日、よもやま話ののち、彼女は本論をこう切り出したのです。

「次々と新しい看護論や技術論、ケア論が出てくるでしょ。しかもカタカナものが多い……。臨床の看護師たち、それも結構キャリアを積んでいる看護師たちも、それにすぐに飛びつき、惑わされてしまうのはなぜだと思います?」

たとえば最近でいえば、「ストレングスモデル」だといいます。慢性疾患を抱える患者への退院支援や地域ケア、訪問看護の新たな支援方法として関心を集めつつあるのですが……。Sさんとしては「何をいまさら」と受け取っているのだ、と言うのです。

慢性期看護は「持てる力を生かし」
「できることを重視する」視点で

ストレングスモデルについては、すでに何年も前から介護や福祉の領域で盛んに取り上げられています。私も仕事柄、ざっとですが関連書に目を通して知っていました。

それが最近になり、慢性期看護の新たな手法として、ストレングスモデルが大々的に紹介されていることを知ったときは、Sさんとまったく同様に、「ここに来て何をいまさら」と思ったものです。

早い話が、これまでの慢性期の看護現場における取材を振り返ってみると、「この患者は何ができないのか」などと、患者が「できないこと」や「できなくなったこと」に視点をおいてみていくような、問題解決志向だけで患者をとらえることは、もはや誰もやっていないように思います。

今や慢性期の患者にかかわる看護師さんの多くが注視しているのは、「患者の持てる力」や「今ある力でできること」だと、少なくとも私は感じています。その「できること」、つまりストレングスを見つけて、その力に働きかけることにより、できない力をカバーしながら生活支援をしていく――、というかかわりだと思うのです。

慢性疾患看護専門看護師の下村晃子さんも、著書『生活の再構築―脳卒中からの復活を支える のなかでそのように書いておられます。

慢性期看護で重視する
「できることへの視点」の由来

よくよく考えてみると、看護界より先に介護・福祉領域でストレングスモデルが注目を集めた背景には、世界保健機関(WHO)が20015月に、「障害」のとらえ方を大きく変更したことがあるのだろうと思います。

以前の「国際障害分類」(ICIDH)では、分類の対象を、病気や障害によって生活していくうえで「できないこと」というマイナス面においてきました。これを、その改訂版であり現行の「国際生活機能分類」(ICF)では、その人が生活機能として「できること」というプラスの側面へと視点を置き換えているのです。

なお、このICFの詳細を知るには、『ICF 国際生活機能分類―国際障害分類改定版が参考になります。その臨床実践への応用については『ICFコアセット 臨床実践のためのマニュアル―CD-ROM付(ICFコアセット・記録用フォーム・使用症例)がおすすめです。

「できない」ではなく「できる」へ視点を

視点の置きどころを180度転換してみると、「病気だから〇〇ができない」と否定的に患者を理解するのではなく、「病気により多少の制限はあるけれど、でもこんなふうに工夫すれば〇〇することができる」と肯定的にとらえることができます。

こうしたとらえ方をベースに、その人が、いま持っている力を患者とともに見つけ出し、その力を最大限生かせるように支援していこうと考えるようになります。

おそらくはそこから、ストレングスモデルが生まれたのでしょう。だから、「障害」ということに敏感な介護・福祉領域の関係者に、ストレングスモデルがまずは受け入れられ、広まったのだろうと考えるわけです

さかのぼればそれは、
ナイチンゲールの健康観にあった

そんなふうに話が進んでいったところで、Sさんが「そういえば」と、ナイチンゲールの話を持ち出したのです。

「患者の持てる力に注目し、そこにアプローチすることの大切さを誰よりも早く指摘したのは、確か、ナイチンゲールですよね」と――。

このことは、実は私も気づいていました。改めてナイチンゲールの著書を紐解いていくなかで、1893年にナイチンゲールが著した『病人の看護と健康を守る看護』(邦訳)と題する論文の中に、こんな一文を見つけていたのです。

健康とはよい状態をさすだけではなく、われわれが持てる力を充分に活用できている状態をさす

引用元:『ナイチンゲール著作集』第2巻 p.128

この健康観のもとにナイチンゲールは、患者の持てる力を引き出して病気からの回復力、生命力を高めていく看護として、新鮮な空気や陽光、暖かさ、清潔、静かさといった自然の力を適切に活用することをすすめたわけです。

このあたりのことは看護師の皆さんには釈迦に説法だろうと思うのですが、私なりの解釈を書かせていただきました。

なお、ナイチンゲールの教えに関しては、回を改めてコチラの記事を書いています。折あるたびにナイチンゲールに立ち戻るためにも、是非読んでみてください。

ナイチンゲールが看護の基本を『看護覚え書き』として著してから、160年が経とうとしている。そこでは「看護観察」の大切さが説かれ、その観察では「できないこと」ではなく「できること」に視点を置き、その人の持てる力を最大限生かせるように働きかけていこうと説いている。

新説の底流にある考え方に
目を向けてみる習慣を

おそらくは、どこの領域でも同じようなことが起きているのでしょう。しかしこと看護界では、新しい看護理論や技術論が、輸入ものが多いこともあってカタカナで、次から次へと紹介されています。

臨床現場で日々忙しくしている看護師さんの多くは、看護メディアが取り上げるその新しい理論や方法論などに無関心でいられないという焦りのようなものを感じながら、目の前の患者に向き合っていることが多いようです。

そして、この焦りのような落ち着かない気持ちが、看護師さん個々のストレスをことさら大きくしているようにも、私には思えます。

そんな後輩たちをSさんは、「新参物にいちいち惑わされずに、自分がやっている看護にもっと自信をもってほしい」と、歯がゆい気持ちで見ているようです。「そんな看護師たちが、じっくり腰を据え、落ち着いた気持ちで目の前の患者に向き合えるような、何かいいアドバイスはないだろうか」というのが彼女のこの日の話の本筋でした。

新説や新技法とされるものに軽々に飛びつかない

私としては、こう提案することしかできませんでした。

「新しい提案や発見にまったく関心がもてないというのも困りものだけれど、新しいからと軽々に飛びつくようなことはよくないと思う。例えばストレングスモデルでみたように、新説とか新技法とされるものの基盤になっているもの、底流にある考え方に目を向けてみるように勧めてみたらどうかしら」と――。

これに「一番重要なのはそこよね。自分が日々やっていることと大して違わないとわかれば安心できるでしょうし、今やっていることの、あそこをちょっと変えてみたらいいのかもしれないという発見があるかもしれないし……」、とSさん。

簡単には答えは出そうにありませんが、あなたはどうお考えでしょうか。

なお、「できること」や「できていること」に目を向けてほしいといった患者の思いが現れたエピソードを書いた記事もあります。読んでみてください。

多職種との連携ツールとして定着しつつあるICFだが、問題思考アプローチに慣れた看護職はまだ使いこなせないと聞く。では残存機能を活かす発想でICFをとらえてはどうか。プラスとマイナスの両面をバランスよく見ていくことで「できることを奪わない」看護実践を。

参考資料*¹:下村晃子著『生活の再構築―脳卒中からの復活を支える 』(仲村書林)

参考資料*²:ICF 国際生活機能分類―国際障害分類改定版』(中央法規出版)

参考資料*³:ICFコアセット 臨床実践のためのマニュアル―CD-ROM付(ICFコアセット・記録用フォーム・使用症例)』*³(医歯薬出版)