がん患者の「治療と仕事の両立」を支援する看護

治療と仕事の両立

がん看護に求められる
患者の「働くこと」への視点

これはがんに限ったことではないのですが、何らかの病気の診断を受けたとしても、その後もその方の生活は、途切れることなく続いていきます。

その診断後の治療中も含む日々の生活を、病気の診断を受ける前と大差ないかたちで、その人らしさを失うことなく続けていくためには、それまで続けてきた「働くこと」をやめるわけにはいかない患者が多いはずです。

それは、生活費を得るという極めて現実的な目的がもちろんあります。同時に、生きがいを感じたり、社会の一員として生きている自覚を持ち続けていくためにも、多少のスタイルは変わるにしても働き続けることが大切になってくるのです。

特にがんについていえば、毎年ほぼ100万人が新たにがんと診断されているなかで、その約3分の1は、いわゆる働き盛りの現役世代です。厚生労働省は、現時点で約32万5,000人のがん患者が、仕事をしながらがんの通院治療を受けていると推計しています。

こうした現実もあり、がんの診断を受けた後も生活を続けていくプロセスを重視しようとの考えから、「がんサバイバー」「がんサバイバーシップ」という概念が、まずアメリカで、そして最近では私たちが暮らすこの国においても、改めて注目されるようになっています。

このへんのことは、がん看護専門看護師の近藤まゆみさんの近著『臨床・がんサバイバーシップ―“生きぬく力”を高めるかかわり 』(仲村書林)に詳しく書かれていますので、是非一度読んでみることをおすすめします。

その著書のなかで近藤さんも指摘されているのですが、「仕事をどうするか」は、がん患者、とりわけ働く世代のがん患者が、がんの診断を受けてすぐに直面する深刻な課題の一つです。

がん治療、とりわけ化学療法は長期間にわたり継続するケースが多いものです。それだけに、その支援、つまり患者の「働くこと」に視点を置いたかかわりは、今やがん看護のなかでも特に大きなウエイトを占めているように感じています。

がん治療と仕事の
両立支援のためのガイドブック

ところで、これまでのがん医療の現場では、当然ですが、最大の関心事は治療です。がん患者が「働くこと」には必ずしも目が向いていないことを、これまでの幾度かの取材で感じてきましたがいかがでしょうか。

実際、がん看護に取り組む看護師さんには、たとえばがん患者から、「できれば治療を受けながら仕事を続けたいが、担当医から、治療には時間がかかり、しかも相当厳しい治療になりそうだといわれている。仕事を続けることは諦めたほうがいいのだろうか」という相談を受け、そこではじめて患者の働くことに目が向いたという方が少なくないように思います。

同時に、がん患者が働くことに目が向きはしたものの、「どのように助言すべきなのか戸惑っている」といった看護師さんの声も、よく聞きます。

そんな看護師さんには、2017年3月に、「治療中のがん患者が無理なく仕事を続けるために医療者としてできる支援策」をテーマにまとめられた手引書を、ぜひ活用していただきたいと思うのですが、この手引書の存在はご存知でしたでしょうか。

「働きたい」と希望するがん患者を
看護師はどのように支援するか

「がん治療スタッフ向け 治療と職業生活の両立支援ガイドブック」と題するこの手引書は、国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援部部長の高橋都医師が代表を務める研究斑によりまとめられました*¹。

ちなみにこの研究斑には、看護職の方も参加されています。A4版39ページにまとめられているこのガイドブックは、概ね以下の2点に重点を置き、16項目のQ&Aと7つのコラムで構成されています。

  1. 病気になっても働きたいと希望する患者をどのようにサポートしたらよいか
  2. 患者の職場関係者から患者の医療情報や職場における配慮のあり方などについて、主治医としての意見を求められた場合の意見書の書き方

このうち看護師さんに関係するのは、主に「1」の点でしょうか。たとえば、治療中のがん患者の仕事復帰を支援するに際しては、職場の実情を知っておく必要があります。

会社組織で働く患者であれば、その支援には事業主との労働契約や就業規則、雇用形態、さらには用意されている支援制度に関する予備知識が欠かせないでしょう。

これらの点に関しては、このガイドブックの第1章「医療者が知っておきたい就労の基礎知識」に、簡潔にまとめられています。

また、第2章の「医療現場でできる就労支援の具体的なかたち」では、「精密検査~確定診断時」「治療開始後」の2段階に分けて、「がん患者の就労支援に向けてどう動けばいいか」についてかなり具体的なヒントがあげられています。

さらに、病気そのものや治療によって起こるであろうさまざまな症状が、「働いている場面で具体的にどのような問題を引き起こすか」についても詳しく説明してありますので、日常的な看護場面でも大いに役立つのではないでしょうか。

看護師はあくまでも
「患者ファースト」の就労支援を

ガイドブックの第3章には、「主治医と職場の情報共有のヒント」がまとめられています。テーマが示すように、患者の職場に提出する意見書の書き方に重点が置かれています。つまり、意見書を書く立場にある主治医を対象にまとめられた内容となっているのです。

ただ、そこもよく読んでみると、看護師さんにはスルーしてほしくない内容です。というのは、治療中のがん患者の就労継続を支援するうえで大切な課題である「職場と医療の連携のあり方」を考えるに際し、重視すべきことが何点か書かれているからです。

たとえばそれは、最近巷ではやりの言葉でいえば、あくまでも「患者ファーストで」ということです。具体的には、意見書の書き方として、「主治医は患者の希望や仕事の内容を聞き、配慮してほしいことを一緒に考えることが大切」だとしています。

職場との連携は必ず患者を介して行う

また、職場と連携する際は、必ず患者を通して情報を共有すること、いい方を変えれば患者に橋渡し役を担ってもらうことの大切さもアピールしています。

患者が職場と医療の橋渡し役を担うためには、患者が自分の言葉で自分の病気のことや働くことへの自分の気持ちを職場の上司なり、仲間なりに、理解が得られるように伝える力をつける支援をすることも、看護師さんには求められるのではないでしょうか。

おそらくその支援は、先に記事にまとめたがん患者のセルフアドボカシーの力を高めるかかわりということにもつながるのだろうと思います。

このかかわりの実際についても、がん看護専門看護師の近藤まゆみさんは『臨床・がんサバイバーシップ 』のなかで「12 治療と仕事の両立に向けて」のテーマのもとに多くのページを使い、事例をあげてかなり具体的に書いておられます(P.135-153)。日々のがん看護実践に是非活用されることをおすすめします。

診療報酬面でも支援

がん患者の「治療と仕事の両立」については2018年度の診療報酬改定にて、「療養・就労両立支援指導料」が新設されています。ただ、算定要件が厳しいこともあり、あまり算定されていないようです。

なお、がんなどの病気や障害をもつ人の仕事と治療の両立については、「2018年版厚生労働白書」でも詳しくその実態を取り上げています。詳しくはこちらを参考にしてください。

「2018年版厚生労働白書」は、病気や障害をもつ人の「治療と仕事の両立」の課題を提起している。過半数の人は「両立は困難」と考えている。支援する立場にある人はお互い様の精神で助けたいと思うものの、支え方がわからず支援を躊躇。職場環境が未整備との課題もある。

「治療と仕事の両立支援」を診療報酬面から後押しする「療養・就労両立支援指導料」が、2020年度診療報酬改定により充実されています。詳しくはこちらを。

「治療と仕事の両立」の実現に向け、2018年度診療報酬改定で新設された「療養・就労両立支援指導料」だが、対象ががん患者に限られ、算定要件が厳しいとのネックがあった。2020年度改定では対象疾患が拡大され、算定要件が大幅に緩和されていることを紹介する

健康保険にも「傷病手当金」の支援制度も

また、治療と仕事の両立を支援する制度が健康保険にもあります。「傷病手当金」ですが、詳細はこちらを参照してください。

病気やケガで就労できなくなり収入が途絶えたときに備え、公的医療保険には「傷病手当金」が用意されている。健康保険に加入している会社員や公務員が最長で1年6か月間、給料の一部を受けとることができる制度だ。業務中以外の病気やケガであることなどの条件をまとめた。

参考資料*¹:がん治療スタッフ向け 治療と職業生活の両立支援ガイドブック